「人が安定した関係を保てるのは約150人まで」。狩猟採集民のバンドから軍隊の中隊まで説明する数字として、この通説は30年以上生き延びてきた。だが2021年、その導き方そのものが統計的に洗い直され、数字は足元から崩れた。それでも崩れなかった発見がひとつある——友情だけが、手入れを怠ると静かに減衰するという非対称性だ。
「150人」という数字がなぜ支持されないのかという統計的な理由、それでも残った「友情は減衰するが血縁は減衰しない」という非対称な発見、そして「関係を維持する努力は幸福に直結するのか」という問いへの、直線ではない答え。
1990年代初頭、人類学者ロビン・ダンバーは、霊長類の脳(大脳新皮質)の相対的な大きさと、その種が作る群れの規模のあいだに相関があることに注目した。この回帰直線をヒトの脳の大きさに当てはめて外挿すると、およそ150という数字が出てくる。「人が安定した社会関係を維持できるのは約150人まで」——いわゆるダンバー数である。
この数字が広く受け入れられたのは、傍証がいくらでも見つかったからだ。狩猟採集民の集団規模、新石器時代の村落、軍隊の中隊、うまく回っている企業の部門の人数。どれも100〜200人のあたりに集まる。人類の社会の大きさは、技術や時代ではなく、脳という生物学的な天井で決まっている——そういう物語として、この数字は流通した。
SURPLUSはこれと同じ形の発見をすでに一度扱っている。移動に使う時間は、なぜいつも1時間なのかで見たマルケッティ定数だ。新石器時代から現代まで、1日の移動時間は技術に関係なくおよそ1時間で一定という「人類学的不変量」である。ダンバー数も同じ棚に置かれてきた。時代が変わっても動かない、人間の設計上の定数として。
2021年、ストックホルム大学のパトリック・リンデンフォースらは、この外挿そのものを検証した。Biology Letters に載った論文のタイトルは、そのまま「『ダンバー数』の解体」である。
彼らの指摘は、結論への異議ではなく手続きへの異議だった。霊長類の脳と群れ規模の関係からヒトの数字を外挿するとき、系統関係(種どうしの進化的な近さ)を適切に扱い、推定の不確かさを正直に計算すると何が起きるか。ベイズ法で推定し直すと平均的な群れ規模は69〜109人、系統関係を考慮した一般化最小二乗法では16〜42人。いずれも通説の150を下回る。
だが本当の問題は点推定値ではなく、その周りの幅だった。95%信頼区間は、ベイズ法で4人から520人、GLS法で2人から336人。著者らの結論は控えめに言っても厳しい——この方法から特定の一つの数字を導くこと自体が、統計的に意味をなさない。
「150」は、間違いだと証明されたわけではない。そうではなく、この手続きでは何人であるとも言えないことが示された。4人かもしれないし520人かもしれない区間の真ん中あたりから、ひとつの数字を選び出して定数として扱っていた、ということだ。
これはSURPLUSが繰り返し扱ってきた形の話でもある。ジャムの実験、その後の20年で見たように、鮮烈な一つの数字は、地味な信頼区間よりもはるかに記憶に残り、語り継がれやすい。150という数字の生存力の高さは、その正しさよりも、覚えやすさに支えられていた可能性がある。
ダンバー数の批判は、関連する研究のすべてを無効にしたわけではない。脳の大きさからの外挿という一本の導出線が折れただけで、人間の社会ネットワークを実際に数えた観察研究は、別の足場の上に立っている。そこから残ったものが二つある。
実際に人のネットワークを数えると、内側から約5人・15人・50人・150人と、おおよそ3倍ずつ広がる入れ子構造が繰り返し観測される。最内層の約5人は「サポート・クリーク」と呼ばれ、困ったときに実際に頼れる相手にあたる。層の存在は、150という数字の当否とは独立に観測されている。
層ごとに違うのは親密さだけではなく、実際に配分される時間の量だ。最内層の数人には日々まとまった時間が向かうが、150人の層の一人あたりに回る時間は1日あたり平均30秒ほどにまで薄まる。関係の階層は、感情の階層である以前に、時間の配分表である。
「関係を維持するのに時間がかかる」という部分は、SURPLUSでも一度具体的な数字で見ている。つながりは、マッチングでは買えないで扱ったホール(2019)の推計——知人から親友になるまでにおよそ200時間以上の共有時間が要る、というものだ。層構造の話と重ねると、この200時間が誰に対しても等しくは払えないという制約がはっきりする。時間は有限で、内側に積めば外側は薄くなる。
では、いったん築いた関係を放っておくとどうなるか。ロバーツとダンバー(2011)が251人の女性のネットワークを調べた研究、および学校から大学への移行期を18ヶ月追った縦断研究が、この問いに答えている。結果は非対称だった。
友人関係は、接触の頻度が落ちると感情的な近さが実際に低下する。投資が止まった友情は、測定できるかたちで目減りしていった。一方、血縁関係はそうならない。しばらく連絡が途絶えても、感情的な近さは大きくは落ちない。研究者たちの解釈は明快だ——血縁は維持コストが低く、友情は高い。友情は特定の個人についての詳細な知識にもとづく関係であり、その知識は頻繁なやりとりで更新し続けないと古びてしまう。
血縁は放っておいても続くが、友情は稼ぎ続けないと維持できない。関係の数に上限があること以上に生活を左右するのは、この維持コストの非対称性のほうかもしれない。
この縦断研究には、もう一つ実務的な発見がある。友情の減衰を防いだ行動は、男女で違っていた。女性では会話の頻度が、男性では一緒に何かをする活動の頻度が、それぞれ関係の維持に効いていた。「連絡を取る」の中身は一種類ではない、ということだ。
問題は、維持に必要な時間が、放っておくと自動的に減っていくことだ。米国の生活時間調査(ATUS)を2003〜2015年分にわたって分析した集計によれば、友人と過ごす時間は10代後半にピークを迎えたあと、30代半ばで急落する。ちょうど子どもと過ごす時間が最大になる時期にあたる。そして一人で過ごす時間は年齢とともに単調に増え、80歳ごろには1日あたり8時間近くに達する。
誰も「友人との関係を減らそう」と決めていない。仕事と育児という、断りにくい用事が先に時間を取っていくだけだ。時間貧困というもう一つの貧困で見たように、自由に使える時間は所得とは別の軸で不平等に分配されている。友情の減衰は、意志の問題である前に、可処分時間の配分の問題として起きる。
ここまでを素直に読むと、「意識して手入れを続け、失う関係を減らすべきだ」という結論になりそうに見える。だが「関係の数」と精神的健康の関係を実際に測ると、右肩上がりの直線は出てこない。
トンプソンら(2020)は、親しい友人の数と、孤独感・抑うつ・不安・ストレスのそれぞれとの関係に閾値があるかを検証した。回帰分析が示したのは曲線的な関係だ。最も良好な水準に達する友人数は、孤独感で4人、不安で3人、抑うつとストレスでは2人。そこから先は、友人を増やしても指標はほとんど改善しない。改善は5人前後で頭打ちになる。
さらに踏み込んだ発見がある。親しい友人がおよそ15人以上いる層では、かえって精神的健康が悪かった。高齢者を対象にした別の研究(2022年、Ageing & Society)も、友人数の多さが幸福感にもたらす便益には上限があることを確認している。
この形には見覚えがあるはずだ。選択肢は少ない方が幸せという神話で扱った選択過多の議論、余暇は増えた。幸福も増えたか?で見た自由時間の逆U字。「多いほど良い」が途中で折り返す、同じ形の曲線である。
維持の努力が幸福に直結するのは、内側の2〜5人までだった。それ以上の数を維持しようとする努力は、幸福の指標にほとんど跳ね返らず、ある水準を超えると逆に効く。150人を維持することは、達成しても報われにくい目標設定だったことになる。
なぜ多すぎると悪化するのかについて、この研究は決定的な答えを出していない。維持コストが可処分時間を圧迫する(前節の非対称性)、あるいは因果が逆で、不安が高い人ほど広く浅い関係を多く抱えがちである——どちらの説明もありうる。ここは断定を避けておく。
ダンバー数をめぐる30年を通して残ったものを並べ直すと、話の形が変わってくる。「何人まで維持できるか」という上限の話は、統計的にかなり脆い。一方で確からしいのは、関係が層をなしていること、層を分けるのは注いだ時間であること、友情だけが手入れを止めると減衰すること、そして手入れが幸福に効くのは内側の数人までだということだ。
つまりこれは、認知能力の上限の問題というより、有限な時間予算をどこに配分するかという問題だった。時間を買う、という贅沢で見たとおり、時間は買い戻せる場面もある。だが買い戻した時間を誰に配るかは、金額ではなく配分の設計で決まる。
維持を怠れば切れる、というのは正しい。ただし、切れると困る関係は思っているより少なく、そこへ時間を集中させたときにだけ、努力は幸福として返ってくる。これは上限の話ではなく、予算配分の話だった。
本記事は心理学・人類学の実証研究の紹介であり、特定の人間関係のあり方を推奨するものではない。孤独感や抑うつに関する研究を扱っているが、診断や治療の助言ではなく、心身の不調が続く場合は専門家に相談してほしい。
本記事の要約・引用元。査読論文と公的統計の集計分析を組み合わせている。
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