スーパーの試食台に24種類のジャムを並べると、6種類のときより売上が10分の1に落ちた——あまりに有名なこの実験は、「選択肢が多いほど人は不幸になる」という通説の土台になった。だが、その後20年で積み上がった63条件・5,036人のメタ分析は、平均的にはほぼ効果ゼロという、意外な答えを出している。
2000年のジャム実験が記録した購入率30%(6種)対3%(24種)という強烈な数字と、その10年後にScheibehenne et al.(2010)が63条件・5,036人を統合したメタ分析が示した「平均効果量はほぼゼロ」という結論のギャップ、そして「選択肢過多」が効く条件と効かない条件を分けるもの。
2000年、心理学者シーナ・アイエンガーとマーク・レッパーは、高級食品スーパーの試食コーナーで一つの実験を行った。ある日は6種類、別の日は24種類のジャムを試食台に並べ、通りかかった客の反応を記録した。
結果は直感に反していた。24種類の試食台の方が足を止める客は多かった(通行客の60%に対し6種類は40%)。だが実際に購入まで至った割合は、6種類の試食台では30%だったのに対し、24種類の試食台ではわずか3%だった。選択肢を増やしたことで、興味を引く力は上がったのに、決断する力はむしろ大きく損なわれていた。
ここが半世紀近く語り継がれてきた話。この「10分の1」という落差は驚くほど強力な数字で、「選択肢過多(choice overload)」という言葉とともに、マーケティングや自己啓発の世界で繰り返し引用されるようになった。
ジャム実験は強烈な一例ではあったが、一つの実験結果にすぎない。2010年、ベンヤミン・シャイベヘンネらは、選択肢の数と満足度・購買行動の関係を調べた50の実験・63の実験条件・参加者5,036人分のデータを統合したメタ分析を、Journal of Consumer Research誌に発表した。
統合された結果は、ジャム実験のような強い効果とは対照的なものだった。63条件全体を平均すると、選択肢過多の効果量はほぼゼロ——選択肢が多いことによる悪影響も、逆に選択肢が多いことによる好影響も、平均的には検出されなかった。ただし条件間のばらつき自体は大きく、強い選択肢過多効果を示した実験もあれば、逆に選択肢が多いほど満足度が上がった実験もあった。
この平均ゼロという結果は、「選択肢過多はまったくの神話だ」という単純な結論を意味するわけではない。シャイベヘンネらは、選択肢過多が生じるいくつかの前提条件——選択にかける決断の複雑さ、選択者が事前に明確な好みを持っているかどうか、選択肢どうしの優劣がはっきりしているかどうかなど——を特定した。だが、これらは効果が起きるための必要条件ではあっても十分条件ではなかった。同じ条件が揃っていても、効果が出る実験と出ない実験があった。
ジャム実験が劇的だったのは、選択肢の数を増やしたことに加えて、決断の文脈(見知らぬ土地での試食・時間的制約)が重なった特殊な状況だった可能性がある。選択肢過多は、単独の変数というより、いくつかの条件が重なったときに姿を現す現象に近い。
ここが核心。「選択肢は少ない方が幸せ」という単純な因果は、63条件のデータ全体では支持されなかった。効くかどうかを決めていたのは、選択肢の数そのものより、その数字の周りにある文脈だった。
以前の記事で紹介したエトキンとモギルナーの研究は、多様性が幸福を増やすかどうかは「時間の枠」に依存すると報告していた。1日のような長い枠では多様な体験が幸福を増やす一方、1時間のような短い枠に多様な選択肢を詰め込みすぎると、むしろ幸福度が下がる。
この構造は、選択肢過多メタ分析が辿り着いた結論と驚くほど似ている。「多いか少ないか」という一次元の変数だけで幸福や満足度を予測しようとすると、平均的にはほとんど何も説明できない。効いているのは、選択肢の数そのものではなく、それが置かれた時間の枠や決断の文脈だった。ジャム実験も多様性の逆説も、同じ教訓——通説が切り取った一次元の数字の裏には、たいてい見落とされた文脈という変数がある——を、別の切り口から示している。
ジャム実験の「30%対3%」という数字は、それ自体は捏造でも誤りでもない。実際に観測された結果だ。問題は、この一つの劇的な実験結果が、その後の再現性の乏しさやメタ分析の結論を経由せずに、「選択肢は少ない方がいい」という普遍的な法則であるかのように一人歩きしたことにある。
強く印象的な一つの事例は、統計的に地味な「平均するとほぼゼロ」という結論よりも、はるかに記憶に残り、語り継がれやすい。Jカーブ神話で見た「非飲酒者」群への元飲酒者の混入と同じように、ここでも一つの通説を支えていたのは、豊富な追試の蓄積ではなく、最初に語られた一つの鮮烈な数字だった。
ここが結論。「選択肢は少ない方が幸せ」を支えていたのは、選択の心理学そのものではなく、一つの実験の強すぎるインパクトだった。20年分の追試とメタ分析が教えてくれるのは、選択肢の数を数えるだけでは、人の満足度はほとんど予測できないという、地味だが頑健な事実だ。
本記事の要約・引用元。数値は各文献の概算値に基づく。
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バリー・シュワルツ。選択回避という通説(ジャム実験)の出発点になった一冊、評価4.8★
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