「治療を尽くすほど長く生きられる」という直感は、末期がん患者を対象にしたランダム化比較試験によって静かに裏切られた。攻撃的な延命治療を減らし、早期から緩和ケアに移った群の方が、生存期間そのものが長かった。老後の幸福クラスタ、1本目のテーマ。
Temel et al.(2010, NEJM)のランダム化比較試験が示した「早期緩和ケア併用群は生存期間が2.7ヶ月長い」という結果、Kavalieratos et al.(2016, JAMA)の43試験メタ分析が突きつける延命効果自体の再現性への疑問、そしてFrench et al.(2017, Health Affairs)が明らかにした「終末期医療費はよく引用される数字よりずっと小さい」という実態——「治療の量」と「生きることの質」は必ずしも一致しないという逆説を、3つの実証研究で追いかける。
末期がんの診療において、積極的な抗がん治療を続けることは「できる限り長く生きるための努力」だと考えられてきた。治療をやめて緩和ケアに移ることは、多くの患者・家族にとって「あきらめ」の代名詞ですらあった。
だが2010年、マサチューセッツ総合病院のジェニファー・テメルらが『New England Journal of Medicine』に発表したランダム化比較試験は、この直感を静かに覆した。転移のある非小細胞肺がんと新たに診断された患者151人を、標準的ながん治療のみを受ける群と、診断直後から緩和ケアを並行して受ける群にランダムに割り付けたところ、結果は「緩和ケアに早く移った群の方が、生存期間そのものが長かった」というものだった。
早期緩和ケア併用群の生存期間の中央値は11.6ヶ月。標準治療のみの群は8.9ヶ月。その差は2.7ヶ月——年齢やがんの進行度を調整した多変量解析でも、早期緩和ケアは生存期間の独立した予測因子として残った。
しかも、この生存期間の差は「延命治療を頑張った結果」ではない。むしろ逆だ。早期緩和ケア群は、死亡直前14日以内に化学療法を受けるという「積極的な終末期治療」の割合が33%だったのに対し、標準治療群では54%に達していた。うつ症状の報告率も、早期緩和ケア群16%に対し標準治療群38%と、2倍以上の開きがあった。生活の質(QOL)のスコアも早期緩和ケア群の方が有意に高かった。より少ない攻撃的治療、より低いうつ症状、そしてより長い生存期間——3つが同時に成立していた。
ここが最初の逆説。「治療を尽くすこと」と「長く生きること」は、この試験では逆方向に動いていた。攻撃的な延命治療を減らした群の方が、生活の質も生存期間も上回っていた。
テメルの結果は151人・単一施設の試験の数字だ。SURPLUSがこれまで何度も見てきた通り(Jカーブ神話・マシュマロテストの再検証の回を参照)、鮮烈な単一の実験結果は、追試とメタ分析にかけたときに縮小したり消えたりすることがある。緩和ケアの生存期間への効果も例外ではなかった。
2016年、カヴァリエラトスらが『JAMA』に発表したメタ分析は、成人12,731人・介護者2,479人を対象にした43件のランダム化比較試験を統合した。結果、生活の質と症状負担の改善は一貫して確認されたが、バイアスリスクの低い質の高い試験に絞ると、緩和ケアと生存期間の間に有意な関連は見られなかった。テメルの試験が示した「延命効果」は、後続の大規模な検証では頑健な一般則としては再現されなかったことになる。
ここで留保すべきこと。「緩和ケアが生活の質と症状を改善する」という部分は43試験を通じて頑健に確認された。だが「生存期間そのものを延ばす」という部分は、まだ単一の鮮烈な試験の数字であり、一般化するには早い。
延命治療をめぐるもう一つの根強い思い込みは、「医療費の大半は、死にゆく人の最後の治療に使われている」というものだ。この直感を支えてきたのが、米国で長年引用されてきた「メディケア加入者(65歳以上)の医療費の約25%は、亡くなる最後の1年に使われる」という数字だ。
2017年、エリック・フレンチらが『Health Affairs』に発表した研究は、この直感を別の角度から検証した。デンマーク・イングランド・フランス・ドイツ・日本・オランダ・台湾・米国・カナダのケベック州という9つの国・地域の詳細な医療費データを使い、死亡前12ヶ月の医療費がその国の医療費全体に占める割合を測定したところ、最も低い米国で8.5%、最も高い台湾でも11.2%にとどまっていた。よく引用される「25%」という数字とは、一桁近く違う。
数字の違いは、分母の取り方にも起因する。「25%」はメディケア加入者(65歳以上)の医療費だけを分母にした数字であり、「8.5%」は年齢を問わない国全体の医療費を分母にしている。それでも、同じ「終末期の医療にお金をかけすぎている」という直感が、切り取り方ひとつでここまで印象を変えるという事実そのものが、興味深い。
ここが2つ目の逆説。「死にゆく人に医療費をかけすぎている」という社会的な思い込みも、何を分母に置くかで印象が大きく変わる。
QOLと障害のパラドックスを扱った記事で見た通り、当事者の生活満足度は、外部から見た「客観的な深刻さ」だけでは決まらない。今回のテメルの試験でも、攻撃的な治療を減らした群の方が生活の質(QOL)のスコアが高く、うつ症状も少なかった——「治療の量」を測る物差しと、「生きることの質」を測る物差しは、必ずしも一致しない。
統計的生命価値(VSL)を扱った記事では、「命の値段」という一見残酷な指標が、実は限られた資源をどこに配分すべきかという意思決定に使われていることを見た。延命治療の議論も同じ構造を持つ。攻撃的な治療によって浮く時間は、必ずしも「生きている時間」の量として測定できる価値だけではなく、症状の少なさ・うつの少なさ・家族と過ごす時間の質という、GDPにも診療報酬明細にも載らない豊かさとして現れる。緩和ケアという選択肢は、「あきらめ」ではなく、測定されにくい豊かさへの再配分だったと言える。
ここが核心。延命治療の価値を「生存期間の長さ」だけで測ろうとすると、緩和ケアは劣った選択に見える。だが生活の質・うつの少なさ・攻撃的治療の少なさまで含めて測ると、優劣の向きは単純ではなくなる。
テメルの試験は151人・単一施設のデータであり、非小細胞肺がんという特定のがん種に限定されている。生存期間の延長という結果自体、前述の通り43試験のメタ分析では再現されていない。がん種・病期・国の医療制度によって、緩和ケアの効果の出方は大きく異なりうる。
終末期医療費についても、フレンチらのデータは9つの国・地域の集計値であり、個々の患者の治療選択と医療費の増減の間に直接の因果関係を示すものではない。「延命治療を減らせば医療費も改善し、生存期間も延びる」という単純な処方箋を導き出せるほど、これらの研究は万能ではない。
※本記事は終末期医療・緩和ケアに関する学術研究の紹介であり、特定の治療方針を推奨するものではありません。個々の治療選択は、担当医療者とご本人・ご家族の対話に基づいて判断されるべき事柄です。
本記事の要約・引用元。数値は各文献の概算値に基づく。
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