中等度から重度の障害を持つ人の54.3%が、自分の生活の質を「良い」または「最高」と評価する。健常者や医療者が想像する数字より、いつも高い。QOLを測るとき、私たちは何を測り損ねているのか。
Albrecht & Devlieger(1999)が発見した「障害のパラドックス」——外部の観察者の予測と当事者の自己評価が系統的に乖離する現象——を軸に、QOLの規定要因が客観的な健康状態ではなく所得・教育・婚姻・社会的支援にあるという実証と、医療経済学のQALY(質調整生存年)が抱える採点問題を接続する。
ゲイリー・アルブレヒトとパトリック・ドゥヴリーガーは1999年、脊髄損傷や多発性硬化症など中等度から重度の障害を持つ当事者を対象に、生活の質(QOL)についての大規模な調査を行った。結果は直感に反していた。回答者の54.3%が、自分のQOLを「良い」または「最高」と自己評価したのだ。
健康な人の多くは、こうした障害を負うことを人生の質の大きな低下だと想像する。だが当事者本人の評価は、その想像よりも一貫して高い。この乖離を、著者らは「障害のパラドックス(disability paradox)」と名付けた。
なぜこの乖離が生まれるのか。鍵は、健康な観察者が行う予測が「今の自分がその状態になったら」という一瞬の想像に基づいている点にある。実際に障害を負った人は、その後の生活のなかで基準線を再調整し、できることに焦点を移し、新しい日常に適応していく。外部からの予測は、この時間をかけた適応のプロセスを織り込めない。
同じ構造は、幸福な街ほど自殺率が高いという逆説を扱った記事でも見た。外形の指標(街の満足度ランキング、障害の重さ)と、当事者の内側の実感は、しばしば一致しない。SURPLUSがくり返し扱ってきた「外形と実感の乖離」という主題の、また別の顔がここにある。
QOLの規定要因を分析した研究群を通観すると、もう一つ意外な傾向が見える。QOLの自己評価と最も強く結びつくのは、所得・教育水準・婚姻状態・社会的支援であり、客観的な健康状態(疾患の重症度や身体機能の測定値)との相関は、想定されるよりずっと弱い。
病気や障害の重症度は、確かにQOLに影響する。しかしその影響は、周囲に頼れる人がいるか、経済的な余裕があるか、社会とのつながりを保てているか、といった条件によって大きく上下する。健康状態は入力の一つにすぎず、それを緩衝する社会的な条件の方が、最終的な自己評価をより強く動かす。
慢性疾患を持つ人々のQOL規定要因を横断的にまとめた系統的レビューでも、この傾向は繰り返し確認されている。「どれだけ病気が重いか」よりも「どれだけ支えがあるか」の方が、当事者の実感を予測する。
この「誰が測るか」の問題は、抽象的な話にとどまらない。医療経済学ではQALY(質調整生存年、Quality-Adjusted Life Year)という指標が、新薬や治療法を保険適用すべきかどうかの判断に広く使われている。1年間を「完全に健康な状態」で過ごせば1.0、ある病気や障害を抱えた状態で過ごせば1.0未満の効用値を掛けて生存年数を調整する仕組みだ。
ここで問題になるのが、その効用値の多くが、実際にその病気や障害を持つ当事者ではなく、健康な一般市民に「その状態を想像してもらって」採点させた数値だという点だ。障害のパラドックスが示すように、想像による評価は当事者の自己評価より系統的に低く出やすい。だとすれば、QALYに基づく医療資源の配分は、当事者の実感より悲観的な物差しで意思決定されている可能性がある。統計的生命価値(VSL)を扱った前回の記事が「命の値段」の測り方を問うたのに対し、QALYは「生きている質の値段」の測り方を問う、その延長線上にある論点だ。
ここが核心。QALYの効用値は、当事者ではなく健康な人の想像でつけられていることが多い。障害のパラドックスが本当なら、この採点方法そのものが、医療政策の判断を体系的に歪めている可能性がある。
障害のパラドックスが教えるのは、「障害があっても幸せになれる」という励ましの物語ではない。もっと実務的な話だ。QOLという指標は、測る主体を変えるだけで数字が動く。健康な観察者の想像に基づく評価と、実際に適応を経た当事者の自己評価は、同じ状態について語っていても別の物差しになっている。
医療資源の配分、保険適用の判断、障害者福祉政策の設計——「QOLをどれだけ改善できるか」という問いに数字で答えようとする場面では、誰の評価に基づく数字なのかを常に問い直す必要がある。それを怠ると、当事者不在のまま、想像上のQOLで政策が決まっていく。
ここが結論。QOLの予測が外れるのは、測定が下手だからではない。外部の想像と、時間をかけた当事者の適応は、そもそも別のものを測っている。どちらの物差しを使うかは、価値判断そのものだ。
本記事の要約・引用元。数値は各文献の概算値に基づく。
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米澤穂信。「自分が生まれなかった世界」に迷い込んだ主人公が、そこで自分の存在の意味を問い直す物語です。外部からの予測が本人の実感と食い違う、というこの記事の「障害のパラドックス」と、自分の価値を他人には測れないというテーマが響き合います。
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