ここまでの連載は、年金・出生率・失業率という金銭的な物差しで各国の若者の悲観を追ってきた。だがその物差しだけで「今の若者は悲観的にならざるをえない」と結論づけるのはフェアではない。この記事では、世代論という視点に立ち返り、金銭以外の軸で「何を失い、何を得たのか」を両論併記する。
カール・マンハイム(1928)の世代理論、日本の世代呼称(さとり世代・Z世代)を同一人物が名づけたという事実、Twenge & Haidt(2021)が示す孤独感の世界的上昇という「失ったもの」、メンタルヘルスの脱スティグマ化・雇用観の柔軟化という「得たもの」、そしてCameron, Erkal, Gangadharan & Meng(2013, Science)による中国・一人っ子世代の行動実験までを一つの物差しの上に並べる。
社会学者カール・マンハイムは1928〜29年の論文「世代の問題」で、世代とは単なる生まれ年の集団ではなく、思春期という感受性の強い時期に同じ歴史的出来事を共有した人々の集団だと定義した。この考え方は、100年近く経った今も世代研究の土台になっている。
ここまでの国別連載(88_korea〜92_singapore)では、出生率・失業率・年金といった経済指標を軸に、各国の若い世代が置かれた重い現実を確認してきた。だがこれは物差しの1つに過ぎない。同じ世代が、経済とは別の軸で何を失い、何を得ているのかを見なければ、公平な像は描けない。
日本では、若者研究者の原田曜平が2013年に「さとり世代」という言葉を著書で提唱し、同年の新語・流行語大賞にノミネートされた。そして後年、日本語圏で「Z世代」という言葉を広めたのも同じ原田だった。1人のマーケター・社会学者が、時代の変わり目ごとに新しい世代名を生み出し続けてきたという事実そのものが、それぞれの世代が異なる「共有体験」の断層の上に立っていることを示している。
1980年代後半のバブル経済期に社会に出た世代と、1993〜2005年ごろの就職氷河期に社会に出た世代——同じ国の、わずか10年ほど違う生まれ年で、入り口の景気がまったく違った。氷河期世代は非正規雇用の長期化という影響を今も引きずっている。
「ゆとり教育」を受けた世代の後、脱ゆとり教育を経験し、長期不況しか知らずに育った世代が「さとり世代」と呼ばれた。「夢や大きな目標を持たなくても、今の安定があればいい」という価値観は、原田によれば、この世代が置かれた経済環境への現実的な適応として説明される。
Z世代は物心ついたときからSNSとスマートフォンが存在した世代。続くα世代(2010年代序盤〜2020年代中盤生まれ、豪州の研究者マーク・マクリンドルが2005年に提唱)は、生成AIや音声アシスタントが生活の一部としてすでに存在する「AI・動画ネイティブ」世代として育っている。
87_genzhopeで確認したように、Twenge, Haidt, Blake, McAllister, Lemon & Le Roy(2021)のPISA37カ国データは、2012年から2018年にかけて36カ国で学校での孤独感が上昇し、世界全体でほぼ倍増したことを示した。統計モデルでは、スマートフォン・インターネットの普及率が高い国ほど孤独感が高いという関連が確認されている。常時接続の環境は、便利さと引き換えに、対面での弱いつながりや偶発的な交流の機会を静かに削ってきた可能性がある。
一方で、経済指標には表れない前進もある。
米国心理学会(APA)が2018年に米国で行った調査では、心理士などの専門家による治療やカウンセリングを受けた経験があると答えた人は、Z世代で37%、ミレニアル世代で35%、X世代で26%、ベビーブーマー世代で22%だった。「不調を認め、助けを求める」こと自体への抵抗感が、世代を追うごとに下がっている。
米国のPew Research Center等の調査では、LGBTQへの好意的な態度は、1945年以前生まれの世代で約20%から約40%への上昇にとどまるのに対し、ミレニアル世代では約50%から70%超まで上昇している。同性婚への支持も2001年の35%から2019年には61%まで拡大した。若い世代ほど、多様な生き方を許容する土壌の上で育っている。
日本を含む調査では、Z世代・ミレニアル世代は年功序列・終身雇用よりも、柔軟性・自律性・意味のある仕事を優先する傾向が報告されている。ある調査ではZ世代労働者の38%が、給与や待遇よりもワークライフバランスを重視すると回答した。転職を前提としたキャリア形成という選択肢自体が、以前の世代より広がっている。
経済指標だけを見れば、確かに重い現実がある。だが「助けを求めていい」「多様な生き方でいい」「1つの会社に縛られなくていい」という前提の広がりは、統計的にも裏づけられる、この世代が手にした前進だ。
89_chinaでは若年失業率という経済的な角度から「躺平(タンピン)」を扱ったが、この現象にはもう一つ、一人っ子政策が生んだ独自の家族構造という文化的な背景がある。
1979年に始まった一人っ子政策は、「祖父母4人・両親2人・子ども1人」という、社会学で「4-2-1問題」と呼ばれる家族構造を大量に生み出した。きょうだいがいれば分散したはずの教育投資・老後の扶養責任が、たった1人の子どもに集中する。経済学者Cameron, Erkal, Gangadharan & Meng(2013, Science)は、北京で政策施行前後(1975・1978年生まれ vs 1980・1983年生まれ)の住民約400人を対象に経済実験を行い、政策後の世代が有意に「信頼しにくい」「信頼されにくい」「リスク回避的」「競争を避ける」「悲観的」という結果を報告した。興味深いことに、これに先立つFalbo & Poston(1993)の中国4省1,000人を対象にした調査では、一人っ子と兄弟のいる子どもの性格特性にほとんど差が見られなかった——測定方法(自己申告の性格評価 vs 実際の行動を測る経済ゲーム)の違いが、異なる結論を導いた可能性がある。
「悲観的」という性質そのものが、統制された実験で実証された数少ない例の一つだ。ただしこれは金銭的な貧しさの結果ではなく、家族構造という文化的な設計の帰結として計測されている。
ここまでの国別連載が示した経済的な重さ——出生率の低下、教育費競争、若年失業、経済移動率の低下——は、いずれも実証データに基づく、否定しようのない現実だ。この意味で、若い世代の経済的な悲観は「どうしようもない現実」の側面を確かに持っている。
だが、それだけを見て「今の若者はすべての面で不利だ」と結論づけるなら、それはマイナスの面だけを見た、公平とは言えない見方になる。メンタルヘルスへの向き合い方、多様な生き方への寛容さ、1つの職場・1つの生き方に縛られない自由——これらは、統計的にも実証されている、この世代が先行世代より手にしている前進だ。金銭という1つの物差しで測れば「悲観的にならざるをえない現実」に見えるものが、別の物差しでは「先行世代にはなかった獲得」に見える。世代論を公平に語るには、複数の物差しを同時に持つ必要がある。
失ったものと得たものは、同じ世代の中に同時に存在する。どちらか一方だけを数えるメディアは、フェアではない。
本記事の要約・引用元。世代論の理論的基礎と、実証研究・国際調査を組み合わせている。
連載の主要記事を1冊に再構成し、書き下ろしを加えたKindle本です。数字では測りにくい豊かさを、所得・時間・関係・自由の視点から読み直します。
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