← SURPLUS / 記事一覧へ SINGAPORE & THE PRICE OF MERITOCRACY ・ 見えない豊かさの経済学

先進国で唯一「楽観派が多数」だった国の出生率は、0.97だった。

2022年のPew調査で、シンガポールは調査対象19カ国の中で唯一「子の世代の方が豊かになる」と考える人が過半数を占めた先進国だった。だが同じ国の出生率は2023年に史上初めて1.0を割り込んでいる。経済的な楽観と、教育競争・出生率という別の指標——この2つは、同じ国の中でも一致しなかった。

この記事で手に入るもの

シンガポールの強制貯蓄型年金制度CPF(中央積立基金)の仕組み、史上初めて1.0を割った合計特殊出生率0.97、そしてPISA世界トップの学力の裏にある学業ストレスの実態を軸に、「経済的楽観の例外国」が抱えるもう一つの顔を確認する。

01 — 問い

Pewの19カ国調査で、悲観派が少数派だった唯一の先進国

87_genzhopeで確認したように、2022年のPew Research Center調査(19カ国)では、日本(77%)を含む大半の先進国で「子の世代の方が貧しくなる」と考える人が多数派だった。その中でシンガポールだけが例外で、56%が「子の世代の方が豊かになる」と楽観的に答えた。

なぜシンガポールだけ違うのか。この記事では、その一因とされる年金制度の設計を確認したうえで、同じ国が抱える別の顔——出生率と教育競争という、経済的楽観とは一致しない指標——を見る。


02 — CPFという制度設計

賦課方式ではなく、個人口座への強制積立という選択

シンガポールの年金制度CPF(中央積立基金)は、日本や韓国のような「今の現役世代が今の高齢世代を支える」賦課方式とは異なり、個人ごとの口座に強制的に積み立てる完全積立方式に近い設計になっている。

55歳未満の労働者の場合、賃金の37%(雇用主17%・本人20%)がCPF口座に積み立てられる。2025年に55歳を迎え、フルリタイアメントサム(基準額、21万3千シンガポールドル)を確保した人は、CPF LIFE(終身年金プラン)を通じて65歳から月額1,590〜1,700シンガポールドルの終身払い出しを受けられる。Mercerの2024年年金指数でアジア首位・世界トップ5にランクされるなど、財政的な持続可能性という点で高い評価を受けている制度だ。日本のように高齢化の進行によって現役世代の負担が増え続けるという構造とは、設計そのものが異なる。


03 — もう一つの顔:出生率0.97

年金制度の安心感は、出生率の低さを止めていなかった

だが、この制度的な安心感は、シンガポールの少子化を止めてはいない。

シンガポールの居住者合計特殊出生率は2023年に0.97まで低下し、統計開始以来初めて1.0を割り込んだ。2024年も0.97で横ばいとなり、世界で最も出生率が低い国の一つに数えられている。政府は2001年以降、ベビーボーナスや育児休業給付など数々の少子化対策を導入してきたが、反転には至っていない。人口減少は移民の受け入れによって補われており、永住者人口はおよそ50万人規模で安定的に維持されている——つまりシンガポールは、出生率の低さそのものを移民で「相殺する」という、日本や韓国とは異なる選択をしている。


04 — メリトクラシーという代償

PISA世界トップの学力は、学業ストレスの高さと同居していた

シンガポールの教育制度は、PISA(国際学習到達度調査)の数学・読解・科学のすべてで世界トップクラスの成績を収めている。だがOECDのPISA調査は同時に、シンガポールの生徒が他国の生徒と比べて学業に関する不安のレベルが高いことも示している。トップ層の学力と生徒の幸福度は、必ずしも一致しない。

シンガポールの教育制度の根幹には「メリトクラシー(能力主義)」がある——成績による選抜が、その後の人生の選択肢を大きく左右する仕組みだ。長い授業時間、大量の宿題、それに加える家庭教師や塾という構図は、88_koreaのhagwon文化と重なる部分がある。近年ではシン首相(当時副首相)自身も、成績だけに基づく狭いメリトクラシーから、より幅広く包摂的な評価制度への転換の必要性に言及している。

経済的な楽観と、教育競争・出生率の低さは、別々の指標だった。シンガポールは前者では例外だが、後者では東アジアの他の国々と同じ構造を抱えている。


05 — 結論

1つの「例外」は、すべての指標での例外を意味しない

シンガポールが示しているのは、「経済的な将来への楽観」と「教育競争・出生率という別の圧力」が、同じ国の中でも独立に動きうるという事実だ。

制度設計(CPFという積立方式)が経済的な安心感を支えている一方で、メリトクラシーという同じ制度の別の側面が、教育競争と出生率の低さという東アジア共通の課題を再生産している。88_korea89_chinaと同じ「教育投資への一点集中」という構造が、経済的には最も楽観的な国でも形を変えて存在している。政策の当否を論じることは本記事の範囲を超えるため、ここでは統計が示す構造の紹介に徹した。

「例外的に楽観的な国」であることは、すべての物差しで例外であることを意味しない。物差しを変えれば、同じ国でも別の顔が見える。


06 — 出典

参考文献

本記事の要約・引用元。政府統計・国際機関データ・国際比較調査を組み合わせている。

01
Pew Research Center(2022)Around the World, Many Think the Next Generation Will Be Worse Off Financially. 19カ国調査、シンガポールが唯一過半数(56%)が楽観的だった先進国という結果の出典。
02
CPF Board(シンガポール中央積立基金局)(2025)CPF拠出率(55歳未満で賃金の37%)、フルリタイアメントサム(21万3千Sドル)、CPF LIFE月額払い出し(1,590〜1,700Sドル)の出典。
03
Mercer(2024)Mercer CFA Institute Global Pension Index。シンガポールがアジア首位・世界トップ5という評価の出典。
04
シンガポール国家人口・人材庁(2024, 2026)Population in Brief 2024等。居住者合計特殊出生率が2023年0.97(統計開始以来初の1.0割れ)・2024年も0.97という統計の出典。
05
OECD PISA調査(直近サイクル)シンガポールの数学・読解・科学スコアが世界トップクラスである一方、学業不安のレベルが高いという結果の出典。
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