"ikigai"は今や世界で通用する日本語だ。だがこの言葉が海外の自己啓発本で消費される以前、宮城県で4.3万人を7年間追跡した地道な疫学研究が、この目に見えない感覚と死亡リスクの関係を、すでに数字で示していた。
ソネ、ナカヤ、オオモリら(2008)による大崎コホート研究が示した、「生きがいを感じていない」人の全死因死亡リスクが1.5倍という発見、そして死因別に見るとその効き方が一様ではなかったという発見——心血管疾患1.6倍・外因死(事故や自殺等)1.9倍という際立った数字と、がんでは統計的に有意ではなかったという対比——「生きがい」という一次日本語データの中身を追いかける。
「生きがい」という言葉は、平安時代にまでその起源をたどれるとされる、古くからの日本語だ。「生」+「甲斐」——生きることの価値・報い、という組み合わせで、単なる「幸福」とも「目的」とも一対一で対応しない独特のニュアンスを持つ。近年は"ikigai"としてそのまま英語圏に輸出され、長寿地域研究(ブルーゾーン)などを通じて「幸福よりも優れた目標かもしれない」概念として、海外の自己啓発の文脈でも広く紹介されるようになった。
だがこの概念には、海外での流行に先立つ、日本国内での地道な疫学研究の蓄積がある。
ソネ、ナカヤ、オオモリらが実施した大崎コホート研究は、宮城県大崎保健所管内の40歳以上の住民4万3,391人を対象に、生きがい(ikigai)の有無を問うアンケートを実施し、その後7年間の追跡調査を行った。追跡期間中に3,048人が死亡した。
年齢・性別・その他の交絡因子を調整した多変量解析の結果、「生きがいを感じていない」と回答した人の全死因死亡リスクは、生きがいを感じている人と比べて1.5倍(95%信頼区間 1.3〜1.7)だった。
さらに興味深いのは、この関連が死因によって一様ではなかったことだ。心血管疾患による死亡リスクは1.6倍(1.3〜2.0)、事故や自殺などの外因死は1.9倍(1.1〜3.3)と、いずれも統計的に有意な関連を示した一方、がんによる死亡については1.3倍(1.0〜1.6)と、有意な関連は確認されなかった。
ここが核心。「生きがい」という主観的な感覚の欠如は、あらゆる死因に一律に効くわけではなかった。心血管系や、事故・自殺といった外因死とはより強く結びつく一方、がんとの関連ははっきりしなかった——生きがいの効き方には、選択的なパターンがあった。
この選択的なパターンは、生きがいが死亡リスクに影響を及ぼす経路を考えるヒントになる。心血管疾患は、慢性的なストレス・生活習慣・受診行動といった、心理状態の影響を受けやすい経路を介して発症・悪化することが知られている。外因死(事故・自殺など)も、注意力・危険回避行動・希死念慮といった、心理状態と直接結びつきやすい行動面の要因が関与しやすい。
一方、がんの発症・進行には、遺伝的要因や長期にわたる曝露など、心理状態だけでは説明しきれない、より複雑で多層的な経路が関わる。生きがいの有無が「がんになるかどうか」に直接影響するというより、間接的な行動経路(受診の遅れ、生活習慣)を介した影響にとどまる可能性がある——だからこそ、この研究では有意な関連として検出されなかったと考えられる。
ブリッジ雇用と長寿を扱った記事で見た「定年後も緩やかに働き続けた人の死亡リスクが低い」という発見は、就労が生きがいの重要な供給源の1つでありうることを示唆していた。だが失業と幸福を扱った記事で見たマリエンタール研究が示す通り、仕事の潜在機能——時間の構造・社会的接触・地位・アイデンティティ——は、就労以外の活動によっても代替されうる。
大崎コホート研究が測定した「生きがい」は、特定の活動を指定するものではなく、あくまで本人の主観的な感覚だ。延命治療と緩和ケアの逆説を扱った記事で見た「生きる長さ」と「生きることの質」の乖離とも呼応する形で、この研究は「ただ長く生きること」ではなく「生きがいを持って生きること」自体が、統計的に検出可能な形で寿命と結びついているという、測定されにくい価値を提示している。
この研究は観察研究であり、生きがいの有無と死亡リスクの間に相関関係を示すものであって、生きがいを持つよう促す介入が実際に寿命を延ばすことを証明したものではない。そもそも健康な人の方が生きがいを感じやすいという逆の因果関係——既に体調を崩している人ほど「生きがいがない」と回答しやすい——の可能性も排除できない。
また、このデータは2008年発表・宮城県という特定の地域・世代のコホートに基づくものであり、生きがいという概念自体の文化的なニュアンスも含め、そのまま他の社会に一般化できるとは限らない。
※本記事は疫学・老年学に関する学術研究の紹介であり、特定の生き方・価値観を推奨するものではありません。
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