電球の部屋とろうそくの部屋。洗濯機のある家と無い家。PCを使える職場と使えない職場。技術が普及する途中には必ず、持つ側と持たざる側に分かれる時期がある。その差は、生活水準の差であると同時に幸福の差だったのか。3つの技術を追うと、答えは技術ごとに符号が変わっていた。
光の値段が200年で3,400分の1になったのに、その恩恵が公式統計にほとんど映らなかったという推計。インターネットが持っている側の若者の満足度を下げたという因果推定と、その機構である「満たされない願望」。そして生成AIが、これまでの技術と逆に格差を縮める側に働いたという実験結果まで。技術格差と幸福の関係を、3つの型に整理する。
技術は一夜で全員に行き渡らない。電球が広まる途中には、電球の部屋とろうそくの部屋が同じ時代に並んで存在した。洗濯機も、自動車も、パソコンも、そして今のAIも同じだ。
この「分かれている期間」に、幸福はどうなっていたのか。素朴に考えれば答えは明らかに見える。便利な道具を持つ側が有利で、持たざる側が不利。技術格差はそのまま幸福の格差になったはずだ。
ところが、この問いを実際に測った研究を並べると、技術の種類によって符号が入れ替わる。ある技術は持つ側を確実に豊かにし、ある技術は持つ側の満足度をむしろ下げ、そして最新の技術は、持たざる側のほうを大きく押し上げていた。順に見ていく。
最初の型は、労働と不便を直接減らす技術だ。ここでの格差は疑いようがない。ただし、その大きさを当時の経済統計は捉えていなかった。
1994年、経済学者 William D. Nordhaus は「実質産出と実質賃金の指標は現実を捉えているか——照明の歴史はそうでないと示唆する」という論文で、この問題を照明という一点に絞って検証した。明るさ(ルーメン)という尺度が時代を通じて変わらないため、価格の比較が正面からできる領域だからだ。
つまり、ろうそくの側と電球の側の差は、当時の公式統計ではほとんど記録されないまま進行した。持つ側が得ていた豊かさは、GDPにも実質賃金にも十分には現れなかった。
同じ型の技術に家庭電化製品がある。Greenwood, Seshadri & Yorukoglu が2005年に発表した「Engines of Liberation(解放のエンジン)」は、洗濯機・冷蔵庫・電気アイロンなどの普及が家事時間を削減し、女性の労働参加を押し上げたと論じた。米国の女性労働参加率は1900年の20.6%から1980年に50%へ、既婚女性に限れば5.6%から51%へ動いている。
ただし電化と主観的幸福の関係となると、話は途端に弱くなる。電力アクセスのランダム化評価をまとめたレビューでは、幸福や生活満足度を測定した研究は3件で、いずれも正の効果を報告している。だが研究者自身が、社会的望ましさバイアスの可能性と、接続が持つ社会的地位の効果が薄れれば一時的なものかもしれないという留保を付けている。インドの大規模な送電網拡張を分析した研究では、雇用に効果が無く、平均的な家計消費・支出・教育にも効果が見られなかった。メタ回帰分析は、出版バイアスを除いても家計の福祉指標には真の効果が残ると結論している。
第一の型。労働と不便を減らす技術は、持つ側の生活水準を確実に押し上げた。ただしその恩恵は統計に映りにくく、主観的な幸福度としても、期待されるほど大きくは検出されない。
第二の型で、符号が反転する。
単純な比較では、インターネットは幸福と正の関係にある。168カ国・240万人規模の分析では、インターネットへのアクセスと利用は、生活満足度・ポジティブな経験・社会的な良好さのいずれとも一貫して正の関連を示している。
問題は、この相関が因果なのかどうかだ。ここには明白な逆因果がある——豊かで健康で社会的につながっている人ほど、インターネットを使いやすい。実際、逆因果を操作変数法で補正した研究では、インターネット利用の効果が負で有意になったという報告がある。
Fulvio Castellacci と Henrik Schwabe が2020年に PLOS ONE へ発表した研究は、この問題に正面から取り組んだ。欧州各国のブロードバンド普及率の外生的な変動を利用し、Eurobarometerの2010〜2016年調査から約15万人のデータで、年齢層ごとの因果効果を推定している。
結果は明快で、そして不穏だった。積極的なインターネット利用者は、そうでない人と生涯にわたる幸福の軌跡そのものが違っていた。インターネット利用は、人生のU字カーブをより急にした——つまり若年層では満足度を押し下げ、高齢層では押し上げた。
著者らが整合的だとした説明は「満たされない願望(unmet aspirations)」理論である。インターネットは道具を運んでくるだけではない。比較の対象を運んでくる。見える他人の数が桁違いに増えれば、願望は現実より速く膨らむ。若い時期ほど、その差は「まだ手に入れていないもの」として突きつけられる。
第二の型。比較を増やす技術では、「持つこと」自体が満足度を下げる経路が生まれる。技術格差の問題は、持たざる側の不便だけではなかった。持った側が、以前は見えなかった上を見せられるようになる。
そして第三の型が、いま進行している。
20世紀後半のコンピュータ普及について、経済学では長く熟練労働者を相対的に有利にする技術変化(skill-biased technical change)という見方が優勢だった。技術を使いこなせる側の生産性と賃金が上がり、そうでない側との差が開く。技術格差は、そのまま所得格差の拡大装置として理解されてきた。
生成AIについての最初期の実験は、この予想を裏切っている。
Shakked Noy と Whitney Zhang が2023年に Science へ発表した事前登録実験は、大卒の専門職453人に職種別の文書作成課題を課し、その半数をランダムにChatGPTへ接触させた。結果、平均所要時間は40%減少し、成果物の品質評価は18%上昇した。
決定的なのはここだ。ChatGPTは生産性の分布を圧縮した。もともと成績が低かった参加者ほど、大きく改善したからである。技術を持つ側と持たざる側の差が開くのではなく、持たざる側が引き上げられて差が縮んだ。
Brynjolfsson, Li & Raymond によるコールセンターの研究でも、AI会話アシスタントの導入でオペレーターの生産性は平均14%上昇し、その効果は新人と低スキル層に集中していた。熟練者への上乗せは小さい。
もっとも、これらは導入初期の限定された職務での知見であり、長期の均衡がどうなるかを示すものではない。だが少なくとも、「新しい技術は必ず持つ側を有利にして格差を広げる」という前提は、生成AIについては当てはまっていない。
3つを並べると、「技術を持つ者と持たざる者」という一本の物差しでは説明できないことが分かる。効き方が3種類あった。
この3分類は、SURPLUSが繰り返し確認してきた構造の別の顔でもある。豊かさは絶対量ではなく、しばしば比較の中でだけ立ち上がる。ろうそくの側にいた人が不幸だったのは、暗かったからというより——隣の家の窓が明るいと知っていたからだ。そして電球が全戸に行き渡った瞬間、その明るさは幸福の源泉であることをやめ、当たり前の背景になる。
だとすれば、技術格差について本当に問うべきは「どちらが便利か」ではない。その技術が、比較を増やす側なのか、能力を補う側なのかである。前者なら普及そのものが緊張を生み、後者なら普及が緊張を解く。同じ「技術格差」という言葉で括ると、この符号の違いが見えなくなる。
結論。技術は、持つ側を自動的に幸福にはしなかった。生活水準は確実に上げたが、その恩恵は統計にも主観にも映りにくい。一方で比較を運んでくる技術は、持った側の満足度を削った。そしていま、初めて持たざる側を大きく引き上げる型の技術が現れている。技術格差の歴史は、便利さの歴史であると同時に、比較の歴史だった。
補足。本記事の各知見には限界がある。Nordhausの推計は照明という単一財についてのものであり、他の財へそのまま一般化できない。電化と幸福の研究は測定手法と対象国が多様で、結果は一貫していない。Castellacci & Schwabe の推定は欧州のデータに基づき、操作変数の妥当性に依存する。Noy & Zhang および Brynjolfsson らの研究は、導入初期の特定職務における短期的な効果であり、長期の労働市場全体への影響を示すものではない。
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