20世紀初頭、米国の死亡率は半世紀かけて滑らかに下がり続けた。教科書的にはワクチンや抗生物質、あるいは濾過水の勝利として語られる。だが実際に検証すると、濾過水と塩素消毒を合わせても説明できるのは死亡率低下のわずか1〜2%だった。5,867件の州法を全数デジタル化した研究が突き止めたのは、もっと地味な答え——馬毛ブラシの販売規制や列車での唾吐き禁止まで含む、無名な法律の大量生産だった。
Saavedra(2026, NBER)が1911年6月〜1928年12月の米国州公衆衛生法5,867件を全数デジタル化し、州議会の会期(立法カレンダー)を操作変数に使って因果を識別した研究。法律1本の効果はわずか0.05〜0.08%でも、積み上がると死亡率低下の約3分の2を説明するという逆説と、その内訳(水系>空気感染>非感染症)を追う。GDPに載らない価値を測ってきたSURPLUSの「見えない発明」シリーズ最新版。
産業革命以降で最も劇的な変化の一つは、寿命が延びたことだ。米国建国当時、5人に1人の子どもが乳児期を生き延びられず、出生時の平均寿命は40歳をわずかに超える程度だったと推計されている。それが1880年から1930年にかけて、ほぼ滑らかに、ほぼ一貫して延び続けた。にもかかわらず、経済学者・人口統計学者のMartin H. Saavedra(Rutgers University)は、何がこの転換を引き起こしたのかについて「驚くほど何も分かっていない」と2026年8月のNBERワーキングペーパーで指摘する。
最も有名な説明は「きれいな水」だ。Cutler & Miller(2005)は、濾過水の普及が都市部の乳児死亡率低下の半分を説明すると推計し、広く引用されてきた。ところがSaavedraが引く後続研究——Anderson et al.(2022b)——は、デジタル化の誤り・人口分母の取り方・導入年の修正・対象都市の追加という地道な再検証を行った結果、濾過と塩素消毒を合わせても、死亡率低下"全体"に対する寄与はわずか1〜2%にとどまると再推計した。最も有名な単一の介入でさえ、謎のほとんどを未解決のまま残していたことになる。
1つの有名な介入では、死亡率低下の98%以上が説明できずに残る。それでも過去100年、この謎に現代的な因果推論の手法で本格的に取り組んだ研究はほとんど無かった。
Saavedraは米国公衆衛生局(USPHS)が1911年から1928年まで毎年発行していた報告書「State Laws and Regulations Pertaining to Public Health」から、州レベルの公衆衛生法・規則を一件残らずデジタル化した。対象は1911年6月〜1928年12月、米国44州、5,867件。1917年だけで400件を超える法律が制定されている。水道整備の予算措置やワクチン接種義務のような有名なものから、列車内での唾吐き禁止、馬毛ブラシの販売規制まで、テーマは広範にわたる。
問題は因果の向きだ。公衆衛生法の多くは、伝染病の流行に対応して制定される——つまり死亡率が先に動き、法律が後から追いかける可能性がある。Saavedraはこれを、州議会の会期日程(立法カレンダー)を操作変数として使うことで解決した。会期がいつ開かれるかは、多くの場合、数十年前に州憲法で定められており、将来の疫病の流行とは無関係に決まる。偶数年に議会が開く州と奇数年に開く州を比べれば、法律の量産タイミングが機械的にずれる——この"人為的でない"タイミングのずれを使って、死亡率への因果効果を取り出した。
州議会の会期は州憲法で定められ、多くが数十年前から固定されている。1918年のスペイン風邪や天然痘の流行に議会日程が反応することはあり得ない、という前提が操作変数の妥当性を支える。
年俸換算$100の議員は会期中に月0.67本、$200の議員は月0.85本の公衆衛生法を通した。この報酬×会期の相互作用を第二の操作変数に加えることで、識別の精度をさらに高めている。
法律1本が減らす死亡率は、わずか0.05〜0.08%。個々には誤差のような効果でも、操作変数の第一段階のF統計量は70〜416——「たまたま」では説明できない、統計的に十分強い関係だった。
法律の効果には、明確な序列があった。腸チフス・マラリア・下痢症といった水系・排水関連の感染症で最も大きく死亡率を下げ、天然痘・インフルエンザ・肺炎・結核といった空気感染症ではその半分、糖尿病や循環器疾患などの非感染症では5分の1程度にとどまった。これは偶然ではない。当時の法律の多くは下水・上水・食品衛生を対象にしており、隔離や過密住宅の規制でしか間接的にしか対応できない空気感染症、そしてほとんど手立てのなかった非感染症という、20世紀初頭の技術水準をそのまま映す序列だ。
この集積効果を、単一の法律の追跡で裏付けたのがニュージャージー州の2つの事例だ。1916年3月16日、同州議会は「冷蔵食品の規制」法を可決、同年7月1日に施行した。倉庫は保健局への登録と査察を義務づけられ、30日を超えて保管された食品は「Cold Storage Goods」と明記しなければならない。施行からわずか4カ月後の10月31日付の年次報告書には、2件の聴聞と、不適合と判定された食品の廃棄記録が残る。この年、ニュージャージー州の2歳未満の下痢症死者数は2,167人(全死者44,172人)。法律の平均的な効果から逆算すると、下痢症死亡をわずか2%減らすだけで、この年の推計削減効果(22人)を説明できる規模感だった。
もう一つは1912年3月21日可決の「蚊の発生防止」法。施行までの猶予はわずか10日足らずだったが、ニューアークを擁し州人口の20%を占めるエセックス郡は43地区に分割し、約32人の作業員を動員、8,326個の樽・桶、1,156個の貯水槽、668個の汚水溜め、6,692個の集水枡から幼虫の発生源を排除した。地元紙は同年7月、「蚊が減った気がする」と報道。全郡が対応した翌1913年、マラリア死者数は前年比50%減、統計開始以来の最低値をさらに39%下回った。
この結果に対する自然な疑いは、「法律をたくさん通す州は、たまたま他の面でも良くなっていただけではないか」というものだ。Saavedraはこれを2つのプラセボ検定で退けている。同時期に可決された公衆衛生法以外の法律も、公衆衛生法を"廃止"する法律も、死亡率にはいずれも有意な効果を持たなかった。禁酒法や女性参政権のような同時代の大変動を統制しても結果は変わらない。効いていたのは「州がとにかく活発に立法していること」ではなく、公衆衛生法そのものだったことになる。
さらに効果には濃淡があった。法律を多く通した上位2四分位の州では、1本あたりの効果が0.092〜0.093%と大きく有意だった一方、下位2四分位の州では0.036〜0.063%で統計的に有意とは言えなかった。少数の法律を単発で通しても効果は弱く、大量に積み重ねて初めて統計的にはっきり見える規模になる——法律という制度変更が「量」で効くタイプの介入であることを示唆している。
個々の法律を1本だけ取り出せば、ほとんどが誤差の中に消える。それでも数百本、数千本という単位で積み上げたとき、死亡率低下の3分の2という数字が姿を現す。
この研究のもう一つの含意は、寿命の延びが「1912年に1,000人あたり1,371人だった年間死亡数が、1928年には1,158人まで下がった」という滑らかな下降として起きた、という点だ。法律なしの反実仮想では、この下降幅はわずか5%(実際の3分の1)にとどまり、残る約3分の2が公衆衛生法の集積で説明される。1928年時点に換算すると、人口10万人あたり137人分の死亡が、法律の存在によって回避されていた計算になる。Art47で見た「命の値段」を、こうした無名の制度変更に当てはめれば、その経済的価値は途方もない規模になるはずだ。
ワクチンや抗生物質という"英雄的な発明"の物語は分かりやすい。だがこの研究が示すのは、生活のあらゆる細部——洗濯袋の使い回し、缶詰工場のトイレの配置、列車内での唾の吐き方——を病原菌のいない形に組み替え直す、地味な法制度の総力戦のほうだったという逆説だ。GDPは値段のついた取引しか数えない指標であり、Art70で見たように、無料で増える価値をほぼ計上しない。法律というインフラは、市場で取引されることも、統計に単独の項目として現れることもない。それでも、20世紀最大の変化の一つを陰で支えていた。
寿命が延びた理由は、1つの英雄的な発明ではなかった。誰も名前を覚えていない数千本の法律が、少しずつ生活を組み替え直した結果だった。Art1で見たルイ14世の時代との比較で言えば、王様が買えなかったのは抗生物質だけではなく、この"見えない制度"そのものだったのかもしれない。
本記事の要約・引用元。20世紀初頭の米国公衆衛生法の原論文と、比較対象とした「濾過水」説の原典・再検証を中心に構成している。
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