「大学生のうちに旅をしろ」「20代で無茶をしろ」「30代までに決めろ」——年齢を区切った助言は、どれも「今しか開いていない窓がある」という同じ前提の上に立っている。ではその窓は、本当に閉じるのか。8つの実験と、320万人の通話記録と、9年・10年の追跡データを並べると、閉じる窓と閉じない窓は、世間が思っているのとはかなり違う場所にあった。
Bhattacharjee & Mogilner(2014, JCR)の全8研究が示した「非日常的な経験から得られる幸福は、年齢とまったく相関しない(r=.01)」という発見と、残り時間の感じ方を実験的に操作すると18〜34歳の若者が高齢者と同じ選好に切り替わるという因果の証拠。さらにBhattacharya et al.(2016)が320万人の通話記録から特定した交友ネットワークのピーク年齢と、Stavrova らの9年・10年追跡が示した「姿勢の複利」。年齢別の助言を、実証データで仕分ける。
「学生のうちにやっておくべき10のこと」「20代で身につけておきたい習慣」「30代で知らないと損する話」——書店にもタイムラインにも、年齢を区切った助言が絶えることはない。内容は書き手ごとにばらばらだが、形式は驚くほど共通している。どれも「今しか開いていない窓がある」という前提を、証明抜きで共有しているのだ。
この前提は、検証できる。ある行動の見返りが本当に年齢に依存するなら、年齢と見返りの間に統計的な勾配が観測されるはずだ。勾配がなければ、その窓は閉じていない——「今やるべき」という助言の根拠は、少なくともその項目については存在しないことになる。
幸福研究には、この仕分けに使える材料がすでに揃っている。以下では、助言ジャンルが最も好んで勧める項目から順に、実際のデータに当ててみる。結果は、いくつかの点で通説と逆を向いていた。
助言ジャンルの筆頭は、ほぼ例外なく「非日常」を勧める。留学、バックパック旅行、大きな挑戦。理屈もいつも同じで、「歳を取るとそういうことの価値が薄れるから、若いうちに」という。マーケティング研究者のアミット・バタチャルジーとキャシー・モギルナーは、この理屈が本当かを8つの研究で確かめた(2014年、Journal of Consumer Research誌)。
研究チームはまず、人が「幸せだった経験」として思い浮かべるものを、日常的な経験(ありふれていて頻度が高い)と非日常的な経験(珍しくて頻度が低い)に分類できることを確認した。この区別は本人だけでなく第三者が見ても一致し、安定した categories として機能した。そのうえで、経験の種類と幸福度の関係が年齢でどう変わるかを調べた。
結果の前半は、通説どおりだった。年齢が平均より低い層では、非日常的な経験(平均7.87)のほうが日常的な経験(平均6.63)より明確に大きな幸福をもたらしていた。統計的にもはっきりした差だ。ところが年齢が平均より高い層では、非日常(7.83)と日常(7.63)の間に差がなくなっていた。
問題は、この差がどうやって消えたのか、である。通説の説明が正しければ、非日常的な経験の価値が加齢とともに下がって、日常に追いつかれたはずだ。だがデータはそうなっていなかった。
つまり因果の向きが、通説とは逆である。若者にとって非日常が相対的に有利なのは事実だが、それは非日常が若者に特別よく効くからではない。若者がまだ、ありふれた日常から幸福を引き出せていないからだ。同じ夕食、同じ散歩、同じ帰り道から取り出せる幸福の量が、年齢とともに増えていく。その伸びしろの分だけ、若い時期は非日常に頼らざるを得ない。
閉じかけているのは、非日常の窓ではなかった。若い時期に非日常が輝いて見えるのは、日常という別の窓が、まだ開ききっていないからだ。「今しかできない」のではなく、「今はまだ、これしか効かない」。
ここまでは相関の話だ。研究チームは続けて、もっと踏み込んだ実験を行っている。もし本当に効いているのが「加齢」なら、年齢を変えずに選好だけを動かすことはできないはずだ。ところが、できてしまった。
研究5では、18〜34歳の214人に、平均寿命を表す1本の線分を見せ、自分が今どこにいるかをスライダーで示させた。片方のグループには「北米の平均寿命は80年に達した」と伝え(残り時間が潤沢な条件)、もう片方には「脳機能が衰え始めるまでの期間は40年」と伝えた(残り時間が限られている条件)。年齢は同じ、変えたのは残り時間の感じ方だけである。
その後、全員に同じビデオカメラの広告を見せた。違いはキャッチコピー1行だけ——「人生の日常の瞬間を撮ろう」か、「人生の非日常の瞬間を撮ろう」か。そして購入意向を尋ねた。
残り時間が潤沢だと感じさせられた若者は、非日常版の広告により強く反応した(3.30 対 2.55)。ところが残り時間が限られていると感じさせられた若者では、その差が消えた(3.08 対 3.42、統計的に有意な差なし)。同じ年齢の若者が、残り時間の感じ方を操作されただけで、高齢層と同じ選好パターンに切り替わったのである。
別の研究では、大学生106人に未来時間展望の尺度に回答させ、同じ関係を確認している。しかもこの関係は、すでに起きた経験を思い出すときにも、これから計画する経験を考えるときにも、同じように働いていた。過去の解釈だけでなく、これから何に予算を割くかという判断にまで及んでいるということだ。
年齢は、原因ではなく代理変数だった。効いていたのは「20代であること」ではなく、先がまだ長いと感じていること。多くの人でこの2つが一致するから、年齢で語れるように見えていただけだ。
ただし留保がいる。この「残り時間の知覚」という説明の土台にある社会情動的選択性理論は、近年まさに揺れている。未来時間展望の尺度を使った調査研究では理論の予測と逆のパターンを報告するものもあり、提唱者のローラ・カーステンセン自身が2023年に、測定方法そのものを見直す論考を発表している。上記のうち実験で操作した部分は残るが、尺度で測った部分は割り引いて読むべきだ。
では、勾配が実在する項目はないのか。ある。しかもそれは、助言ジャンルがあまり熱心に勧めない側にあった。
バタチャルヤらの研究チームは、ヨーロッパの携帯電話利用者320万人の通話記録を分析した(2016年、Royal Society Open Science誌)。誰が誰に、どれだけの頻度で、どれだけの長さ電話したか。そこから各人の交友ネットワークの規模を推定し、年齢別に並べた。
連絡を取り合う相手の数は、男女ともに25歳前後で最大になっていた。そしてその後は縮小に転じ、40代後半でようやく下げ止まる。ネットワークの規模という一点に関しては、窓は確かに開いて、確かに閉じる。
これは「友人は150人まで」の推定幅は、4人〜520人だったで扱った話と、指している場所が違う。あちらは「何人まで維持できるか」という上限と、友情だけが接触頻度の低下で減衰していくという非対称性の話だった。こちらはいつが最大かという時点の話である。上限の議論がどれだけ揺れていても、ピークが25歳前後にあり、その後は下り坂だという観測は残る。
つまり20代に本当の締め切りがあるとすれば、それは「派手な経験」ではなく「関係の在庫」のほうだ。そしてつながりは、マッチングでは買えないで見たように、関係の便益はあとから金銭で買い直すことが難しい。
この年代に集中する大きな支出といえば結婚だが、ここでも「モノ」と「関係」で結果がはっきり分かれている。高い指輪ほど、離婚しやすいで詳しく扱ったとおり、米国の既婚経験者3,000人超を調べた研究では、婚約指輪と結婚式の費用が高いほど離婚率は高く、一方でハネムーンに行ったカップルの離婚率は約41%低く、招待客が多いほど離婚率は低かった。金額の多寡ではなく、二人だけの時間と、見守る人の数のほうに効果が出ている。
20代の締め切りは、経験のリストではなく関係の在庫にあった。ネットワークの規模は25歳前後で頭打ちになり、そこから20年かけて縮んでいく。買い直しの効かない資産は、こちらのほうだ。
30代について言えることは、もう少し地味で、その分だけ重い。特定の行動ではなく、人間観という姿勢が、10年単位で経済的な差になって現れるという研究群がある。
社会心理学者オルガ・スタヴロヴァとダニエル・エーレブラハトは、「人は結局みな自分の利益で動く」という冷笑的な人間観を持つことが、その人自身の収入にどう跳ね返るかを5つの研究で追跡した(2016年、Journal of Personality and Social Psychology誌)。最大のものはドイツの社会経済パネル調査で、15,698人を9年間追いかけている。
結果を、著者自身が効果量の実感として挙げている数字で書く。9年の観察期間で、最も冷笑的でない層の月収は約240ユーロ増えた。最も冷笑的な層は、9年かけて収入がまったく増えなかった。冷笑のコストは「損をする」という形ではなく、「上がらない」という形で出ていた。
同じ著者らは2023年、この話を職位まで延長している(British Journal of Psychology誌)。ドイツの労働者9,100人の10年追跡を含む4研究で分かったのは、ねじれた組み合わせだった。冷笑的な人は、搾取されることを恐れるがゆえに、権力をより強く欲しがる。ところが実際には、10年以内に管理職に到達する確率がむしろ低い。欲しがる度合いと、手に入る度合いが逆を向いている。
ベースライン時点の人間観が、その後9年の収入の伸び方を予測した。過去の収入を統計的に統制してもなお残る効果で、ビッグファイブ性格特性を投入しても消えなかった。
冷笑が1標準偏差高いと、10年以内に管理職に就く確率が約1ポイント低かった。別の実験では、最も冷笑的な参加者が仲間から受けた推薦は平均0.71件、最も冷笑的でない参加者は1.26件だった。
41カ国のデータで見ると、この不利益は向社会的行動が少なく犯罪率が高い社会では弱まる。論文の結びが正確だ——冷笑的であることは経済的に不利になる、「その信念が事実でない限りは」。
ここは慎重に読む必要がある。著者自身が論文中で、逆向きの因果も「非常にもっともらしい」と明記している。経済的な困窮や幼少期の貧困が冷笑的な人間観を育てるという先行研究があり、著者らはそれを引いたうえで「冷笑と経済的失敗の下降スパイラル」の可能性を認めている。効果量も小さい。これは「冷笑的な人は自業自得だ」という話ではなく、環境と態度が互いを強化してしまうという話として読むのが正しい。
3つの検証を並べると、年齢別の助言というジャンルが、どこで当たっていてどこで外していたかが見えてくる。当たっていたのは、若い時期に非日常が効くという観察のほう。外していたのは、その理由づけと、締め切りの置き場所だった。
そして最も効いていた変数は、年齢そのものですらなかった。幸福のピークは、何歳かで見たU字カーブが2010年代に形を変えてしまったように、年齢という物差しは思ったほど安定していない。今回の実験が示したのは、線分を1本見せるだけで若者の選好が高齢層のそれに変わるという、もっと不安定な事実だった。
だとすれば、「大学生のうちに」「20代で」「30代までに」という区切りは、便利ではあっても正確ではない。同じことを幸福の中身は、年代で変わるは感情の側から、『やらなかった後悔』だけが、なぜ何年も消えないのかは後悔の側から示している。年代とは、平均的にはそのくらいの時期に起きるという目安であって、締め切りそのものではない。
「今しかできない」と言われるものの多くは、いつでもできた。本当に期限があったのは、派手な経験ではなく関係の在庫のほうで、締め切りがない代わりに10年かけて複利で効いてきたのが人間観のほうだった。年齢別の助言が測り損ねていたのは、年齢そのものだったのかもしれない。
本記事の要約・引用元。査読論文を中心に、関連するSURPLUS既存記事の実測データを組み合わせている。数値は各文献の報告値に基づく。
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