← SURPLUS / 記事一覧へ A DIAMOND IS FOREVER, AND OTHER FAIRY TALES ・ 見えない豊かさの経済学

高い指輪ほど、離婚しやすい

指輪は大きいほど、式は豪華なほど、良い結婚生活のスタートになる——結婚関連業界が語ってきたこの物語を、3,000人超のアメリカ人夫婦への調査は真っ向から否定していた。お金をかけて「効いた」項目は、まったく別のところにあった。

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フランシス=タン&ミアロン(2015, Economic Inquiry)が3,000人超のアメリカ人既婚者を調査して示した、婚約指輪・結婚式費用の高さと離婚率の正の相関、そして同じ調査が示したハネムーン(離婚率41%減)・招待客数(多いほど離婚率が低い)というプラスの相関——「モノ」より「経験」と「関係」に金をかけた方が効くという構図。あわせて、日本には結婚費用と幸福度を直接検証した学術研究が見当たらないという限界を明記した上で、ゼクシィ結婚トレンド調査の実額データで日本の金銭感覚に置き換える試みも行う。

01 — 通説が生まれた場所

「一生に一度だから」は、業界が育てた物語だった

婚約指輪は給料の何ヶ月分、結婚式は人生最大の買い物——こうした相場観の多くは、20世紀のダイヤモンド業界・ブライダル業界のマーケティングによって形成されてきたことが、歴史研究でもたびたび指摘されている。「一生に一度だから、お金をかけるべきだ」という物語は、その分だけ支出を正当化する効果を持つ。

だが、この物語が「良い結婚生活の土台になる」ことまで保証しているかどうかは、また別の問題だ。


02 — 3,000人調査が示した逆相関

婚約指輪と結婚式に金をかけるほど、離婚率は上がっていた

経済学者アンドリュー・フランシス=タンとヒューゴ・ミアロンは、アメリカで既婚経験のある3,000人超を対象にした調査データを分析し、『"A Diamond is Forever" and Other Fairy Tales(「ダイヤモンドは永遠に」、そのほかのおとぎ話)』という論文にまとめた(2015, Economic Inquiry誌)。年収など複数の交絡要因を統計的に調整した結果、婚約指輪に2,000〜4,000ドルを費やした男性は、500〜2,000ドルを費やした男性より離婚率が約1.3倍高く、結婚式全体の費用が2万ドルを超えたカップルは、5,000〜1万ドル程度に抑えたカップルより離婚率が約1.6倍高かった

この論文は「高額な指輪・結婚式が離婚の原因である」と証明したわけではなく、あくまで相関関係を示したものだ。だが、業界が語ってきた「豪華な指輪・結婚式ほど良い結婚生活の土台になる」という物語を裏付ける証拠は、この大規模調査からは見出せなかった。

ここが最初の逆説。「一生に一度だから」と結婚指輪・結婚式にお金をかけることは、少なくともこの調査データが示す限り、その後の結婚生活の安定とは結びついていなかった。


03 — お金をかけて効いた項目

ハネムーンと招待客の数には、正反対の相関があった

同じ調査は、まったく別の2つの支出項目については、逆の結果を示していた。ハネムーンに行ったカップルは、行かなかったカップルに比べて離婚率が約41%低かった——しかもこの効果は、旅行先や費用の額とは関係なく見られたという。研究者たちは、目的地や金額そのものよりも、「2人のためだけの時間を確保すること」自体が効いていると解釈している。

さらに、結婚式の招待客数が多いカップルほど、離婚率が低いという関連も報告されている。これは、多くのゲストを招くこと自体が、周囲からの社会的な支援・見守りのネットワークを可視化し、そのネットワークが結婚生活を下支えする一因になっている可能性を示唆する。

ここが核心。「モノ」(指輪の大きさ、式の豪華さ)への支出は結婚の安定と結びつかなかった一方、「経験」(ハネムーンの時間)と「関係」(招待客という社会的支援網)への支出は、プラスの相関を示していた。


04 — 理論面からの補強

「過大な結婚式支出」を理論モデルに組み込んだ研究もある

2025年、経済学者オラトゥンジ・ショバンデは、結婚の意思決定を「制約付き異時点間効用モデル」として定式化した論文を発表した(Research in Economics誌)。所得・教育・資産・感情的な結びつき・離婚コスト・家族規範や社会的圧力といった制約条件のもとで、世帯と子どもの長期的な福祉を最大化する問題として結婚をモデル化したこの研究は、社会的圧力によって膨らんだ過大な結婚式支出や、それに伴う教育投資の先送りが、結婚生活の満足度や子どもの長期的な福祉を損ないうると論じている。

実証データであるフランシス=タン&ミアロンの相関関係と、理論モデルであるショバンデの分析は、アプローチは異なるものの、「結婚式に社会的圧力で過大な支出をすること」への警鐘という点で方向性が一致している。


05 — 日本のデータで補ってみる

直接検証した日本の学術研究は見当たらなかった

ここまでの研究はすべてアメリカのデータに基づくものだ。日本の結婚式・婚約指輪の費用と、結婚生活の満足度や離婚率との関係を直接検証した学術研究を探したが、見当たらなかった——これは重要な限界として、まず正直に記しておきたい。

代わりに参照できるのは2種類のデータだ。1つは、ゼクシィ結婚トレンド調査2024が示す実額——挙式・披露宴の費用総額は平均343.9万円、招待客数は平均50.7名、婚約指輪の平均費用は38.2万円、結納・新婚旅行等を含めた結婚関連費用の総額は平均415.7万円という数字だ。米ドル建ての閾値をそのまま日本に当てはめることはできないが、この実額は、日本の読者が自分の金銭感覚に照らして考えるための土台になる。もう1つは、鈴木亘(2025, 内閣府経済社会総合研究所『経済分析』第211号)による、日本人の結婚行動を行動経済学の観点から分析した研究だ。これは結婚式費用そのものではなく結婚のタイミング(リスク回避度が高い人ほど結婚を先延ばしにする、など)を扱ったものだが、日本人の結婚に関する意思決定を実証的に扱った数少ない研究の1つとして参照できる。

ここで留保すべきこと。日本には結婚費用と幸福度・離婚率の関係を直接検証した学術研究がまだ見当たらない。もし日本でアメリカと同様の調査が行われれば、結婚式文化の違い(仲人・両家の関与度、香典的な祝儀の慣習など)によって、結果が同じ方向を向くとは限らない。


06 — 見えない豊かさ

「一生に一度」を、モノではなく経験と関係に振り向ける

モノより経験を扱った記事で見た通り、モノへの支出よりも経験への支出の方が、より長く続く満足感を生むという知見は、結婚関連支出にもそのまま当てはまる形で表れていた。時間を買うことを扱った記事で見た「2人だけの時間を確保する」という発想は、ハネムーンという慣習の中に、すでに組み込まれていたと言えるかもしれない。

つながりは、マッチングでは買えないと論じた記事で見た社会関係資本の緩衝効果も、招待客数というシンプルな指標の中に表れていた。結婚と幸福を扱った記事で見た「結婚そのものの効果」の手前で、結婚に至る過程での支出の配分もまた、測定可能な違いを生んでいた。


07 — この研究が示す限界

「指輪を安くすれば離婚しない」と単純化はできない

フランシス=タン&ミアロンの研究は相関関係を示したものであり、因果関係を証明したものではない。そもそも高額な指輪・結婚式にこだわる人には、金銭感覚・見栄・両家との関係性など、離婚リスクに影響しうる別の性質が備わっている可能性があり、支出の額そのものが原因とは言い切れない。

また、このデータは2010年代のアメリカの調査であり、結婚式の文化・費用構造が異なる日本にそのまま当てはめられるとは限らない。ショバンデの理論モデルも、実証データによる検証はまだ発展途上の段階にある。

※本記事は経済学・行動経済学に関する学術研究の紹介であり、特定の結婚式の形式・支出配分を推奨するものではありません。


08 — 出典

参考文献

本記事の要約・引用元。数値は各文献の概算値に基づく。

01
Francis-Tan, A., & Mialon, H. M."A Diamond is Forever" and Other Fairy Tales: The Relationship between Wedding Expenses and Marriage Duration. Economic Inquiry, 53(4), 1919-1930(2015)。米国既婚経験者3,000人超の調査、婚約指輪$2,000-4,000は$500-2,000より離婚率約1.3倍、結婚式費用$2万超は$5,000-1万より約1.6倍、ハネムーンありは離婚率約41%減、招待客数が多いほど離婚率が低いことを報告。本記事セクション02・03の中心的出典。
02
Shobande, O. A.Costs of Love: A Constrained Utility Approach to Marital Decisions and Family Outcomes. Research in Economics, 79(3), 101064(2025)。結婚を制約付き異時点間効用最大化問題として定式化し、社会的圧力による過大な結婚式支出が結婚満足度・子どもの長期的福祉を損ないうると論じる理論研究。本記事セクション04の出典。
03
ゼクシィ結婚トレンド調査2024挙式・披露宴費用総額平均343.9万円、招待客数平均50.7名、婚約指輪平均38.2万円、結納・新婚旅行等含む総額平均415.7万円という実額データ。本記事セクション05の出典。
04
鈴木 亘行動経済学的要因が日本人の結婚行動に及ぼす影響. 経済分析(内閣府経済社会総合研究所), 211, 258-285(2025)。日本人の結婚タイミングに関する行動経済学的分析(リスク回避度・時間割引率・双曲割引の影響)。本記事セクション05の出典。
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