アルゼンチンのインフレ率は、2023年の211%から2025年には31%台まで急速に低下した。マクロ指標としては劇的な改善だ。だが同じ時期、大学生の脱出願望は2001年の経済危機時よりも高い水準に達している——4割ではなく、6割が国を出たいと答えている。この記事では、この落差の理由を確認する。
1989〜90年に年率5,000%近くに達したハイパーインフレの記憶、直近のインフレ抑制策が伴った貧困率の急上昇、そして若年失業率が成人の3倍に達するという現在地までを確認する。
アルゼンチンの年間インフレ率は、2023年の211%から2025年末には31.5%まで急落した。財政・金融の引き締め策による、教科書的な「成功」に見える数字だ。だが世論調査では、大学生の10人に6人が「国を出たい」と回答している——これは2001年の経済危機時(10人に4人)よりも高い割合だ。この記事では、この落差がどこから来るのかを確認する。
アルゼンチンには、インフレに対する強い集団的な記憶がある。1989〜90年のハイパーインフレでは、年率インフレがほぼ5,000%に達し、現金が数日、時には数時間で価値を失った。1990年までに、同国はほぼ10回の高インフレと通貨改革のサイクルを経験していた。この記憶は、自国通貨より米ドルを信頼するという、今も根強く残る国民的な習慣を形作った。
直近のインフレ抑制策は、副作用を伴った。2024年前半、貧困率は前年の40%から53%まで急上昇した——過去20年で最大の上げ幅だ。実質賃金は下落し、最低賃金は基本的な生活費の3割、食費の5割程度しかカバーできなくなったと報告されている。若年層(18〜24歳)の失業率は2024年第3四半期に19.4%に達し、成人層の3倍という水準だ。多くの若者が、不安定なインフォーマル雇用やプラットフォーム労働に押し出されている。
インフレ率という1つの指標が改善しても、それを実現する過程で生活の他の側面が悪化することがある。大学生たちの脱出願望は、この「引き締めの痛み」を敏感に映しているのかもしれない。
この集合的記憶は、今も具体的な家計行動として表れている。アルゼンチン政府の推計では、金庫・海外口座・そして文字通り「マットレスの下」に、銀行システムの外側で保有されているドルは少なくとも2,000億ドル、多い推計では4,000億ドル規模に達するとされる。国家統計センサス院(INDEC)の推計では、2025年末時点でこの規模は2,549億ドルに達した。
「ペソで貯蓄した人は痛い目にあってきたが、ドルで貯蓄した人はうまくいった」——エコノミストのマティアス・ラフネルマンはこう説明する。何十年にもわたるインフレ・不況・通貨切り下げのサイクルを経て、自国通貨を信用しないという行動様式は、政府がどれだけ銀行口座への移行を促しても、簡単には崩れない。
2,000億ドルというのは、多くの新興国のGDP水準に匹敵する規模だ。それが銀行システムの外で「眠っている」という事実は、インフレの記憶がいかに強く行動に刻まれているかを物語る。
アルゼンチンの物語は、102_nigeria・105_brazilで見た「1つの統計の改善が、全体の改善を意味しない」という教訓を、マクロ経済政策という次元でも示している。インフレ抑制という成功指標の裏側で、貧困率・若年失業率という別の指標が悪化し、それが若者の脱出願望という行動に直結している。政策の当否を論じることは本記事の範囲を超えるため、ここでは統計とその背景にある集合的記憶の紹介に徹した。
数字が1つ良くなったというニュースは、他の数字が同時に何をしているかを教えてくれない。若者たちの足が向かう先が、その空白を埋める、もう一つの物差しになる。
本記事の要約・引用元。政府統計・経済史研究・世論調査を組み合わせている。
連載の主要記事を1冊に再構成し、書き下ろしを加えたKindle本です。数字では測りにくい豊かさを、所得・時間・関係・自由の視点から読み直します。
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