お化け屋敷、ホラー映画、絶叫マシン——人はなぜ、わざわざ不快な感情のためにお金を払うのか。心拍計をつけた110人のフィールド実験と、37,000人超の感情データが出した答えは、「恐怖にも最適量がある」という逆説的なものだった。
Andersen et al.(2020)のお化け屋敷心拍実験が示した恐怖と楽しさの逆U字カーブ、Scrivner et al.(2021)の「コロナ禍でホラーファンの方が強かった」という逆説、Quoidbach et al.(2014)の37,000人超データが示す感情の多様性(emodiversity)が健康を独立に予測するという知見、Oishi & Westgate(2022)の「心理的に豊かな人生」という第3の物差し。ネガティブ感情を、消費者余剰として読み直すための道具一式。
2020年、デンマークの研究チームは奇妙なフィールド実験を行った。実際に営業しているお化け屋敷の来場者110人に心拍計を装着させ、恐怖の強さと楽しさを、体験の最中に継続的に記録したのだ。結果は単純な右肩上がりでも右肩下がりでもなかった。恐怖の強さと楽しさの関係は、きれいな逆U字を描いた——怖すぎる場面では楽しさが落ち込み、怖くなさすぎる場面でも同じように楽しさが落ち込む。楽しさが最大になるのは、その中間の「スイートスポット」だった。
この結果は、恐怖という感情を「マイナスだから避けるべきもの」と単純化する発想に、最初の疑問符を突きつける。安全が保証された文脈——遊園地の絶叫マシン、ホラー映画館の座席、お化け屋敷の順路——では、恐怖はゼロを目指すべき損失ではなく、量を調整するパラメータとして扱われている。運営側が驚かせ方の強弱を演出でコントロールしているのも、来場者が無意識にこの逆U字を知っているからだろう。
恐怖を娯楽として繰り返し消費することに、副産物はあるのか。スクリヴナーらは2020年、コロナ禍初期という「架空ではない恐怖」が世界を覆った時期に調査を行った。結果は直感に反するものだった。普段からホラー映画やホラーゲームを好んで消費している人ほど、パンデミック下の心理的苦痛が低く、レジリエンス(精神的な回復力)が高かったのだ。
研究チームが提示した解釈はこうだ。ホラーというジャンルは、安全な文脈の中で「悪いことが起きたらどう感じ、どう対処するか」を反復練習させる、一種のシミュレーターとして機能している可能性がある。パンデミック映画のファンについても同様の傾向が確認されており、フィクションの中で恐怖を消費してきた経験が、現実の不確実性への耐性を養っていたという見立てだ。因果の向きの特定にはさらなる検証が必要だが、少なくとも「ホラー好きは打たれ弱い」という直感的な予想とは逆の相関が、ここでは観察された。
ここでスケールを変えた研究がある。クワイドバックらは2014年、フランスとベルギーの37,000人超を対象に、日常でどれだけ多様な感情(喜び・興味だけでなく、恐れ・悲しみ・怒りなどのネガティブ感情も含む)を経験しているかを測定した。この「感情の多様性」をemodiversity(エモダイバーシティ)と名付け、生態系の生物多様性になぞらえて分析すると、驚くべき結果が出た。emodiversityは、ポジティブ感情の平均的な高さとは独立に、抑うつ症状の少なさと通院回数の少なさを予測した。
言い換えると、「ポジティブな気分をどれだけ多く感じたか」という単一指標だけを最大化する生き方と、「ネガティブも含めどれだけ多様な感情のレパートリーを経験したか」を保っている生き方とでは、後者の方が独立に健康と結びついていた。生態系が単一種に依存すると脆くなるように、感情のポートフォリオも、ポジティブ一色に偏るより、ネガティブ感情の居場所を残しておく方が頑健である可能性を、この大規模データは示唆している。
ここが核心。ネガティブ感情は、幸福という帳簿の「赤字項目」ではないかもしれない。安全な文脈で管理された恐怖・緊張・悲しみは、感情ポートフォリオの分散投資として、ポジティブ感情の最大化だけでは買えない頑健性を提供している。
心理学は長らく、良い人生を2種類に分けて論じてきた。快楽と満足に満ちた「幸福な人生(happy life)」と、目的や貢献に根ざした「意味のある人生(meaningful life)」だ。オイシとウェストゲイトは2022年、この二分法に第3の軸を加えることを提案した。「心理的に豊かな人生(psychologically rich life)」——多様で視点を変えるような経験に満ちた人生であり、必ずしも快適でも、意味に満ちてもいない、という第三の良さだ。
ホラー映画で味わう恐怖、悲しい映画で流す涙、慣れない土地で感じる不安——これらは幸福の指標を上げるとは限らず、人生の意味を高めるとも限らない。しかし「視点が変わる経験の幅」という意味では、人生を豊かにしうる。経験を買うことがモノを買うことより満足につながりやすいことを扱った記事で見た「経験財」の優位性にも、この心理的な豊かさという軸は接続する——経験の価値は、心地よさだけで測れるものではない。
経済学は伝統的に、効用を「快の最大化・不快の最小化」として扱ってきた。だとすれば、わざわざお金を払って心拍数を上げ、汗をかき、悲鳴を上げる娯楽産業は説明がつきにくい。しかしここまで見てきた研究をつなぐと、別の理解が見えてくる。恐怖には最適量があり(Andersen et al. 2020)、その消費経験は現実の危機への耐性を養い(Scrivner et al. 2021)、感情のレパートリーとしてポジティブ感情の最大化とは独立に健康を支え(Quoidbach et al. 2014)、視点を変える経験として人生を豊かにする(Oishi & Westgate 2022)。
ネガティブ感情の消費には、単純な効用計算では見えない余剰が乗っている。選択肢の多様性がかえって満足を下げることを扱った記事で見た「多様性のパラドックス」は、選択肢の数についての話だったが、ここでは感情そのものの多様性が同じ構図で効いている。また「やらなかった後悔」を扱った記事が示したように、ネガティブ感情そのものが未来の意思決定を導く機能を持つケースは、SURPLUSがこれまでも繰り返し確認してきた。恐怖・後悔・悲しみを「消すべきノイズ」として一括りにする前に、それぞれの感情がどんな役割を分散して担っているかを見る方が、実りが多い。
ここが結論。お化け屋敷のチケット代は、単なる「不快の対価」ではない。ポジティブ感情だけに偏らない感情ポートフォリオへの、小さな分散投資である。
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