結婚、転職、住む場所——人生の重要な決断は何かと問えば、誰もが似た答えを返す。だがその順位が実際に測られたことはあるのか。11,000組を追った43の縦断研究と、2万回を超えるコイントス実験は、揃って同じ方向を指した。私たちは「正しく選ぶこと」を過大評価し、「選んだ後」と「動くこと」を過小評価している。
幸福が元に戻る決断と、戻らない決断を分ける適応の非対称性。43研究・11,000組超の機械学習分析が示した、「相手が誰か」は予測に何も足さなかったという結果。そして重大な決断をコイントスで決めさせた実験で、「変えろ」と出た人のほうが6ヶ月後に幸福だったという発見まで。重要な決断の条件を、3つに絞り込む。
人生で最も重要な決断は何か。この問いには、ほとんどの人が3秒で答えられる。誰と結婚するか。どんな仕事に就くか。どこに住むか。
だがこの順位は、どこから来たのだろう。多くの場合、それは取り返しがつかなそうに見える順であり、周囲が重大だと扱う順だ。実際にその決断が人生の幸福をどれだけ動かしたかを測って並べ替えた結果ではない。
幸福研究には、この問いに答える材料が3方向から揃っている。出来事の側から測る研究、相手の選択を測る研究、そして決断そのものを実験にした研究だ。順に見ていくと、私たちが思い描いていた順位表は、かなり違う形に組み替わる。
最初の手がかりは、大きな出来事のあと幸福度がどう動くかを長期に追った研究群だ。
Richard E. Lucas が2007年にまとめた適応研究の整理によれば、人生の主要な出来事に対する適応の速さは、出来事ごとにはっきり違う。結婚や出産には比較的速く適応する——つまり幸福度は上がるが、やがて元の水準へ戻っていく。死別への適応はより遅い。そして失業と障害の発症については、適応が完了しない。とりわけ失業は、再就職した後も生活満足度の基準点そのものが下がったまま戻らないことが示されている。離婚や死別からの回復も不完全だと報告されている。
ここに、あまり語られない非対称がある。
つまり、人生の幸福に対する影響力という一点で見れば、手に入れる決断より、失う出来事のほうが重い。だとすれば「重要な決断」とは、良いものを取りに行く選択ではなく、適応できない領域に踏み込むかどうかを左右する選択のほうだということになる。
なお適応の程度には大きな個人差があることも同時に報告されており、これは集団平均の傾向である。
では、最重要とされる決断——伴侶の選択はどうか。ここで前提が崩れる。
Samantha Joel らが2020年に PNAS へ発表した研究は、この分野では異例の規模だった。29の研究室が持つ43の縦断的なカップル研究、11,000組を超えるデータを統合し、機械学習(ランダムフォレスト)で「関係の質を何が予測するか」を総当たりで検証している。著者は80人を超える。
結果はこうだ。関係に固有の変数——相手が自分に尽くしてくれていると感じるか、感謝、性的満足、相手も満足していると感じるか、対立の量——は、調査開始時点で関係の質の分散を最大45%説明した。一方、性格や生活満足度といった個人差の変数は21%にとどまった(研究終了時点ではそれぞれ18%と12%へ下がる)。
ここまでは順当に見える。決定的なのは次の一文だ。
ここが崩壊点。本人が報告した「関係に固有の変数」を知った後では、個人差の変数も、相手側が報告した内容も、予測力を一切上乗せしなかった。つまり相手がどういう人物かという情報は、その人が関係をどう感じているかを知ってしまえば、何も足さない。
本人が報告した変数は、相手が報告した変数の2〜4倍の分散を説明した。関係の質を決めていたのは、相手のスペックではなく、その関係の中で本人が何を経験しているかだった。
この結果は「誰と結婚するかは関係ない」という意味ではない。だが少なくとも、私たちが婚活や交際で必死に評価している「相手の属性」という情報が、関係の満足度の予測子としては驚くほど働かないことを示している。重要なのは選択の瞬間ではなく、選択の後に何が起きるかの側にあった。
もう一つの前提——「重大な決断ほど慎重に選ぶべきだ」——も、実験にかけられている。
経済学者 Steven D. Levitt は、決断できずにいる人々を集め、コインを投げて決めさせるという大規模なランダム化フィールド実験を行った。仕事を辞めるか、関係を終わらせるかといった重大な決断から、髪の色を変えるかといった些細なものまで。1年間で2万回を超えるコイントスが行われ、結果は2021年に The Review of Economic Studies に掲載された。
コインは、参加者に「変えろ」または「現状維持」と告げる。従うかどうかは自由だ。それでも——
コイン自体には何の情報も無い。それでも表が出た人は、裏が出た人より25%高い確率で現状を変えた。決断を促す外部からの一押しが、実際に行動を動かしている。
転職や別れといった重大な決断において、コインに「変えろ」と言われた人々は、自分の決断への満足度が高く、6ヶ月後の幸福度も高かった。変えなかった側ではなく、変えた側が良い結果になっている。
Levitt の結論は簡潔だ——人は人生を変える選択に対して、過度に慎重である。迷いが生じている時点で、天秤はすでに現状維持側に傾いている。私たちが「慎重に検討している」と感じている状態の正体は、変化のコストだけが鮮明に見え、現状を続けるコストが見えていないという非対称なのかもしれない。
この実験には性質上の限界がある。参加者はコインを投げると自ら決めた人々であり、決断に迷っている集団に偏っている。またコインの結果に従うかどうかは自由なため、厳密には「コインの指示」を道具変数とした推定である。効果は「迷った末に変えた人」についての知見であり、あらゆる決断に一般化できるものではない。
3つの研究を重ねると、「重要な決断」の定義そのものが組み替わる。重要度を決めていたのは、選択肢の華やかさでも、社会的な重大さでもなかった。
手に入れる喜びには適応する。だが失業・健康・死別からは戻りきらない。その決断が、適応できない側のリスクをどう動かすか——これが第一の条件になる。守りの決断のほうが、取りに行く決断より重い。
Joel らの結果が示したのは、質を決めるのが選択の瞬間ではなくその後に積み上がる経験だということだった。ならば重要なのは「最良の選択肢を引き当てること」ではなく、選んだ後に手を入れられる余地が残っているかである。
Levitt の実験は、迷いそのものが中立でないことを示した。迷っているという状態自体が、変化のコストを過大評価している証拠である可能性がある。「まだ決めきれない」は、しばしば「変えたくない」の言い換えになっている。
結論。人生の重要な決断とは、結婚・仕事・住む場所という「項目」ではなかった。同じ結婚でも、適応できない領域を動かさず、後から運用でき、迷いが現状維持に傾いているだけなら——それは私たちが思うほど重大ではない。逆に、日常の小さな選択でも、この3条件に触れていれば重い。重要さは、決断の名前ではなく構造のほうに宿っていた。
ここにも、SURPLUSが繰り返し出会ってきた構図がある。社会は「大きな決断」に大きな儀式と大きなコストを割り当てる。結婚式、内定式、住宅ローンの契約。だが実際に幸福を動かしていたのは、その後に毎日積み上がっていく運用のほうだった。式典の費用は計上されるが、運用は誰の帳簿にも載らない。
補足。本記事が扱った研究には、それぞれ限界がある。Lucas の整理は集団平均の傾向であり、適応の程度には大きな個人差がある。Joel らの分析は自己報告データに基づく予測研究であり、因果を特定したものではない(相手の属性が無関係だと証明したわけではなく、自己報告による予測の枠内で上乗せが無かったという結果である)。Levitt の実験は、決断に迷ってコイントスを選んだ人々という偏った集団についての知見である。
関連記事: 結婚は人を幸せにするのか(伴侶という決断の実証)/働かないことは、幸せか(失業だけが「慣れない不幸」である理由)/『やらなかった後悔』だけが、なぜ何年も消えないのか(動かなかった選択の長期コスト)/複雑な決断は、考えないほうがうまくいくのか(決断の「方法」をめぐる通説)
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