幸福は、誰の内側にあるのか。それとも、周囲との関係の中にしかないのか。この問いへの答えは、実は文化によって統計的にはっきりと分かれることが、心理学の実証研究で示されてきた。
マーカス&北山(1991)が定式化した「独立的自己」と「相互依存的自己」という文化心理学の基礎理論、内田&北山(2004)が日米で行った自由連想調査が示した「アメリカ人の幸福描写は98%がポジティブ、日本人は67%にとどまる」という発見、そしてHitokoto&内田(2015)が日本発で開発した「相互協調的幸福感尺度」——個人の内側だけでは完結しない、共同体によって輪郭を与えられる幸福の測り方を追いかける。
現代の幸福研究の多くは、幸福を個人の内側で完結する主観的な状態——本人に「どれくらい幸せか」を尋ねれば測れるもの——として扱ってきた。だが、この前提そのものが、実は特定の文化的な自己観を色濃く反映しているとしたらどうだろうか。
心理学者ヘーゼル・マーカスと北山忍は、1991年の論文で、文化によって自己の捉え方そのものが異なると論じた。北米に広く見られる「独立的自己構築(independent self-construal)」は、自己を他者から切り離された、安定した内的属性の集合として捉える。一方、東アジアに広く見られる「相互依存的自己構築(interdependent self-construal)」は、自己を他者との関係性の中に埋め込まれた、状況に応じて変化しうるものとして捉える。
この理論は、認知・感情・動機づけ・対人行動の広い範囲にわたって、文化差を説明する枠組みとして、その後の社会心理学・発達心理学に大きな影響を与えてきた。
この自己観の違いが、実際に「幸福」の定義そのものにどう表れるかを検証したのが、内田由紀子と北山忍による研究だ(2004)。日本人とアメリカ人に「幸福」という言葉から自由に連想される内容を挙げてもらったところ、アメリカ人の記述の多くは「個人的な達成」(良い成績を取った、仕事を得た、など)として、日本人の記述の多くは「対人関係における調和」(周囲とうまくやれている、友人のためにパーティーを開いた、など)として、幸福を語っていた。
さらに際立っていたのは、記述の感情価だ。アメリカ人による幸福の記述の98%がポジティブなものと評価された一方、日本人による記述では、ポジティブと評価されたのは67%にとどまった。日本人の幸福描写には、「幸せになりすぎると周囲の妬みを買うかもしれない」「調和を乱すかもしれない」という、ネガティブな余韻を伴うものが一定数含まれていた。
ここが最初の発見。「幸福」という同じ1つの単語から連想される内容自体が、文化によって系統的に異なっていた。しかも日本人の幸福の語りには、共同体との関係という代償やコストが、最初から織り込まれていた。
この文化差を実際に測定するための尺度として、Hitokoto & Uchida(2015)は「相互協調的幸福感尺度(Interdependent Happiness Scale, IHS)」を開発した。9項目からなるこの尺度は、関係志向の幸福(「大切な人を幸せにできている」)、平静な幸福(「平凡だが安定した生活を送っている」)、人並みの幸福(「自分の人生は周囲の人々と同じくらい幸せだと思う」)という3つの側面から構成されている。
この尺度が測ろうとしているのは、本人の内側だけで完結する感情の強さではなく、自己と重要な他者との間に、どれだけ調和のとれたバランスが成立しているかだ。この尺度はその後、タイ・マレーシア・フィリピン・インドなど、複数のアジア諸国での妥当性検証にも用いられている。
つながりは、マッチングでは買えないと論じた記事で見た社会関係資本や、39_nordic(北欧の幸福を支える信頼・福祉・自律性という4要因)で見た国レベルの幸福設計は、いずれも「関係」や「共同体」という、個人の内側だけでは完結しない変数を扱っていた。相互協調的幸福感尺度は、この関係的な豊かさを、個人の主観的幸福感の測定という土俵の中に正面から組み込もうとする試みだ。
幸福追求の歴史を扱った記事で見た「幸福は運から権利、そして義務へと意味を変えてきた」という概念史も、実は西洋の言語・文化を主な資料としたものだった。もし相互依存的な自己観を持つ文化圏で同じ概念史をたどれば、また異なる物語が描かれるかもしれない——幸福の歴史そのものが、実は1つではない可能性がある。
ここが核心。幸福を「個人の内側の感情」としてだけ測る限り、共同体との関係の中にある豊かさ——そして、その豊かさに伴うコスト——は、統計に映らないまま見過ごされ続ける。
マーカス&北山の理論も、内田&北山の実証研究も、国・文化を単位とした平均的な傾向を示すものであり、個人差(同じ文化圏の中にも、独立的な自己観を強く持つ人もいれば、相互依存的な自己観を強く持つ人もいる)を無視してよいわけではない。また、自由連想調査というアプローチ自体、言語化されやすい側面に偏る可能性があり、無意識のレベルでの幸福の感じ方までを捉えられているとは限らない。
相互協調的幸福感尺度も、あくまで1つの測定法であり、「本当の幸福」を完全に捉えているという保証はない。個人主義的な尺度と関係主義的な尺度は、補い合う関係にあると考えるのが妥当だろう。
※本記事は文化心理学に関する学術研究の紹介であり、特定の文化・価値観の優劣を主張するものではありません。
本記事の要約・引用元。数値は各文献の概算値に基づく。
連載の主要記事を1冊に再構成し、書き下ろしを加えたKindle本です。数字では測りにくい豊かさを、所得・時間・関係・自由の視点から読み直します。
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