「経済的に困窮した人々が、排外的な政治を支持する」という説明は、直感的でわかりやすい。だが同じ人々を4年間追跡したパネル調査は、暮らし向きの変化ではなく、相対的な地位を失う感覚の方が投票行動を強く説明すると報告した。この記事は特定の政治的立場を支持・否定するものではなく、実証研究が明らかにした相関関係の紹介に徹する。
Mutz(2018, PNAS)による2012〜2016年の追跡パネル調査が示した「暮らし向きの変化は投票を動かさなかった」という意外な結果、Rodríguez-Pose(2018)が指摘する経済的に衰退した地域ほど強い政治的反発を示す「見捨てられた場所の逆襲」、そしてこの二つの研究が、位置財理論・一極集中の是正という既出のSURPLUSのテーマとどうつながるかまで。
2016年の米大統領選以降、世界各地でナショナリズム的・反エスタブリッシュメント的な政治潮流への支持が広がった現象を説明する際、最も頻繁に持ち出されるのが「経済的困窮」という理由だ。工場の閉鎖、賃金の停滞、グローバル化による雇用の喪失——こうした物質的な苦境が有権者を追い詰め、既存の政治への不満票として表れた、という説明である。
この説明は直感的に納得しやすい。だが、政治学者ダイアナ・マッツが2012年から2016年まで同じ有権者を追跡したパネルデータを分析したところ、この直感とは異なる像が浮かび上がった。
Mutz(2018, PNAS)の分析の強みは、同一の個人を時間を追って観察した点にある。一時点の調査で「経済的に苦しい人ほど支持政党が違う」という相関が見えても、それだけでは因果関係の向きは分からない。だが同じ人物が2012年から2016年にかけて、経済状況や政治的立場をどう変化させたかを追えば、何が投票行動の変化を実際に予測したかをより精度高く見ることができる。
個人の家計状況(収入・雇用の変化など)の悪化は、2012年から2016年にかけての支持政党の変化をほとんど説明しなかった。
むしろ強く関連していたのは、伝統的に優位な地位にあった集団(白人・キリスト教徒・男性)が人口構成の変化やアメリカの国際的な優位性の相対的な低下によって、自分たちの集団としての地位が脅かされていると感じる度合いだった。
ここが核心。この研究が示したのは、自分個人の懐事情ではなく、自分が属する集団の相対的な立ち位置が脅かされているという感覚の方が、投票行動の変化と強く結びついていたという分析結果だ。
なお、この結論には学術的な異論もある。Morgan(2018)は同じデータの再分析を通じて、経済的利害と地位脅威を統計的に切り分けること自体の難しさを指摘し、経済的要因も引き続き重要である可能性を主張している。単一の研究で決着した論点ではないことは留保しておきたい。
地理経済学者アンドレス・ロドリゲス=ポーゼは2018年、視点を個人から地域へ移した分析を発表した。長期にわたり経済的に衰退し、将来の展望を持てずにいる地域——工業の空洞化が進んだ旧産業地帯や、若年層の流出が続く地方——ほど、既存の政治体制に対する反発、いわゆるポピュリズム的な政治潮流への支持が強い傾向にあるという。
ロドリゲス=ポーゼはこれを「見捨てられた場所の逆襲」と呼んだ。長年にわたり投資も政策的な関心も向けられず、「この土地に未来はない」という感覚が住民の間に広がった地域ほど、現状を変えうる選択肢——たとえそれが急進的であっても——に票を投じる動機が強まる、という構造である。
以前の記事で見た位置財理論は、幸福を左右するのは所得の絶対額ではなく、周囲と比べた相対的な順位だと説明していた。Quispe-Torreblanca, De Neve & Brown(2026)の109カ国調査は、80%の国で所得の絶対額よりも国内での順位の方が幸福感と強く結びつくことを示している。
Mutz(2018)が見出した「地位脅威」も、同じ論理の政治版として読むことができる。自分の暮らし向きが絶対的にどう変化したかではなく、自分が属する集団の相対的な立ち位置がどう変化したと感じるか——効いているのは、ここでも絶対水準ではなく相対的な位置だった。位置財理論が経済的な満足度の説明に使われてきたのと同じ比較の力学が、政治的な態度の説明にも姿を変えて現れている可能性がある。
前回の記事では、地方創生政策やリモートワークの普及という「穏やかな是正手段」が、実際にはすでに魅力的な地域への近距離の再配置にとどまり、真に衰退した周辺地域への分散を実現できていない実態を見た。Althoff et al.(2022)が示したように、リモートワークで人が移り住む先は、もともと環境や気候で人気の高い郊外・保養地に偏っている。
この構造は、Rodríguez-Pose(2018)が描いた「見捨てられた場所」がなぜ見捨てられ続けるのかを、別の角度から説明してくれる。誘導的な是正手段は、すでに魅力的な地域をさらに強化する一方で、本当に衰退した地域には届きにくい。展望を持てない地域が構造的に取り残され続けるとすれば、そこに広がる政治的な反発を「非合理な感情」とだけ片付けることは難しくなる。
ここが接続点。集積の経済という求心力に、誘導だけの政策が対抗しきれていないという前回の結論は、そのまま「見捨てられた場所」が構造的に生まれ続ける理由でもある。
ここまで見てきた研究が示すのは、ナショナリズム的な政治潮流への支持を説明する要因として、個人・地域それぞれの水準で「相対的な地位や展望の喪失」が無視できない役割を果たしている可能性がある、という実証的な知見であり、特定の政治的立場の当否を判定するものではない。地位脅威という説明にも異論があり、経済的要因の役割を再評価する研究も存在する。単一の要因ですべてを説明できるほど、この現象は単純ではない。
それでも、この記事のここまでの内容が示す一つの共通の構造はある。人は絶対的な水準ではなく、相対的な位置と、その位置の変化の方向感覚に強く反応する。それは所得と幸福の関係でも、地域の経済的な運命でも、繰り返し観察されてきたパターンだ。
ここが結論。怒りの正体を、財布の中身だけに求めても説明しきれない部分がある。相対的な順位と、その先に見える展望——見えない豊かさの経済学が扱ってきたのと同じ変数が、political domainでも姿を変えて働いている可能性がある。
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