2000年、Blockbusterは延滞金だけで年間8億ドル近くを稼いでいた。同じ年、小さな挑戦者を5,000万ドルで買えたのに失笑して追い返した——という「伝説」が今も語られる。だが実際に経営破綻を決定づけたのは、その6年後にサインされた、1枚の借用書だった。
延滞金が売上の16%を支えていた1990年代Blockbusterの絶頂期から、2000年のNetflix買収提案を巡る「5分間の伝説」(史実)、そしてその伝説が指す瞬間と、実際の資金繰りを決定づけた2004年の出来事との間にある4年のズレまでを、一次資料で確認する。「一度の判断ミスが帝国を沈めた」という物語が、なぜ実際の財務構造より広まりやすいのかという問いも扱う。
1985年10月19日、David CookがテキサスのダラスにBlockbusterの1号店を開いた。1988年には店舗数800店で全米首位に立ち、1994年にはViacomが84億ドルで買収。1999年にViacomが株式を公開した時点で、世界の店舗数はすでに6,000店に達していた。
この拡大を支えたのは、家庭用ビデオという市場そのものの急成長だった。米国の家庭用ビデオ産業(レンタル+販売)の売上は、1990年の約98億ドルから2000年には約200億ドルへとおよそ2倍に拡大している。土台になったのはVCRの普及で、1990年に約70%だった米国世帯のVCR保有率は、1999年には88.6%まで上昇していた。
「借りて、観て、返す」という行為が、ほぼすべての家庭に行き渡っていた。Blockbusterはその最大の受け皿だった。
レンタルビデオ店の経営は、有限の在庫を大勢の客に回す商売だ。人気の新作は本数が限られ、期限内に返ってこなければ次の客に貸せない。Blockbusterはこの構造を、延滞金という形で収益化した。2000年、同社は延滞金だけで約8億ドルを集めており、これは全社売上の16%に相当する。
棚にある本数を超えて客を待たせないためには、返却を急がせる仕組みが要る。延滞金はペナルティである以前に、在庫回転率を保つための価格設計だった。
1999年の株式公開時点で6,000店舗だったBlockbusterは、その後も拡大を続け、2004年には世界で9,094店舗・従業員84,300人・年間売上59億ドルに達する。これは同社史上最大の数字であり、後述する「伝説の瞬間」からさらに4年後のことだ。
延滞金は「嫌われ者のコスト」ではなく、会社の収益構造そのものだった。だからこそ、それを失うことは後に致命的な意味を持つ。
1997年、Reed HastingsとMarc Randolphが創業したNetflixは、翌1998年にDVDの郵送レンタルを開始。延滞金を徴収する代わりに、月額定額・延滞金なしという対極のモデルへ舵を切っていく。Hastings自身、Blockbusterで40ドルの延滞金を払った経験がNetflix創業の動機の一つだったと後年語っている。
2000年9月、創業からまだ2年ほどの、従業員約50人・年間5,000万ドルの損失を見込んでいた小さな会社の創業者2人が、ダラスのBlockbuster本社37階を訪れた。HastingsとRandolph、CFOのBarry McCarthyが提案したのは、Netflixのオンライン事業とBlockbusterの店舗網を組み合わせる提携——その対価として提示した金額は、5,000万ドルだった。Randolphの回想によれば、会議室には沈黙が落ち、Blockbusterの幹部たちは笑いをこらえているように見えたという。この逸話は近年の複数の取材・関係者の証言で裏付けられており、単なる都市伝説ではない。
「伝説」として語られるのは、ここまでだ。この話が広まった結果、「あの5分間の判断ミスが帝国を沈めた」という単純化した物語が定着した。
ここで見落とされがちな事実がある。Blockbusterは2000年の提案拒否の直後に傾いたわけではない。むしろその後も成長を続け、2004年には世界9,094店舗・従業員84,300人・年間売上59億ドルという、社史上最大の数字を記録している。「5分間の判断ミス」が直接の引き金だったとすれば、その後の4年間の拡大は説明がつかない。
では何が本当の転換点だったのか。2004年8月20日、Blockbusterは親会社Viacomからのスピンオフに伴い、11億5,000万ドルの与信枠契約と3億ドルの劣後社債——合計14億5,000万ドルの新規負債を抱えた。このうち9億560万ドル(1株あたり5ドル)は、Viacom株主への特別配当としてそのまま社外へ流出している。独立した初日から、Blockbusterの貸借対照表にはほぼ10億ドル規模の負債が刻まれていた。
さらに同年12月、延滞金への批判の高まりを受けて「延滞金なし」キャンペーンを開始する。だが実態は、返却期限を7日超過すると商品価格を請求し、30日以内に返せば返金するものの「補充手数料」を別途徴収するという分かりにくい制度で、2005年には46州とワシントンD.C.の司法長官が景品表示の不備を理由に提訴、和解に至った。この政策転換を境に、2000年には売上の16%・約8億ドルを占めていた延滞金収入は、2009年には3%・1億3,400万ドルまで細っていく。
伝説が指す瞬間(2000年)と、実際に資金繰りを決定づけた瞬間(2004年)の間には、丸4年の開きがある。しかもその4年間、Blockbusterは最盛期を更新し続けていた。
2010年9月23日、Blockbusterは米国内3,425店舗を抱えたまま連邦破産法11条の適用を申請した。2011年にはDish Networkが残る約1,700店舗を買収している。Netflixへのストリーミング転換の遅れも確かに一因だが、2004年の14億5,000万ドルの負債設計と、延滞金収入の消滅という2つの構造要因の方が、単発の「決断ミス」より長く効き続けた説明変数だった。
この連載はこの先も10年単位で遡っていく。次に見るのは、Blockbusterが延滞金で帝国を築いていたその少し前——1983年の北米ビデオゲーム市場の崩壊と、任天堂による業界再生の物語だ。
新しいメディア・制度が現れるたび、それは必ず前の時代の時間・資金のどれかを奪って成立する。"借りる"というBlockbusterのモデルも、やがて"所有しない"というNetflixのモデルに置き換えられた。前回扱った2000年代の音楽産業の"所有離れ"とあわせて読むと、同じ10年の間に、映像と音楽という2つの娯楽が同時に「所有」から離れていった構図が見えてくる。続きは次回。
本記事の要約・引用元。
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