← SURPLUS / 記事一覧へ THE DIGITAL DISRUPTION OF RECORDED MUSIC, 1999-2024 ・ 見えない豊かさの経済学

iPodが現れた年を境に、音楽産業の売上は4割消えた。

2000年、米国のCD売上は史上最多の9億4,300万枚に達した。その翌年に生まれた小さな機器が、"所有する"というビジネスモデルそのものを終わらせていく——売上が4割消え、そして取り戻されるまでの25年をたどる。

この記事で手に入るもの

CD売上がピークを記録した2000年から、iPod・iTunes・ブロードバンド・YouTube・Netflixが"所有"を"持ち歩く/アクセスする"に置き換えていった過程、音楽産業の収益が1999年比で44%消えた2014年の底、そして2024年には売上規模そのものがピークを超えて戻ってきたという意外な結末、さらにその収益崩壊の間も新譜の「質」は落ちていなかったという研究結果までを確認する。

01 — 起 "所有"の絶頂点

2000年、CDは史上最多の9億4,300万枚を売った

2000年、米国でのCDアルバム販売は9億4,300万枚に達した。Nielsen SoundScanが集計を始めて以来の最多で、この数字は今も破られていない。前年の1999年には、音楽産業全体の収益も米国だけで$14.6B、世界全体では$26.6B——どちらも史上最高額を記録していた。

この年、音楽を聴くという行為は、まだ完全に「所有」の上に成り立っていた。CDを買う。CDを棚に並べる。CD(あるいはそこから録音したカセットやMD)を持ち歩く。12曲前後をまとめて買うアルバム単位の購入が当たり前で、欲しい曲が1曲だけでも、そのためにアルバム1枚分を払うのが普通の消費だった。

売上が史上最高を記録したのと同じ時期に、その土台を崩す部品はすでに市場に出回り始めていた。


02 — 承 単位の交代

2001年に現れた機械が、"アルバム"という単位を壊した

翌2001年10月23日、Appleは最初のiPodを$399で発売した。5GBのストレージは「1,000曲をポケットに入れる」という当時は誇大にも聞こえたコピーとともに紹介されたが、実際にそれが可能だった。

ただし発売当初のiPodは、まだ"所有"の枠の中にいた。音楽を手に入れる方法は変わらずCDで、iPodはそこから取り込んだ(あるいは違法に共有された)ファイルを運ぶ道具にすぎなかった。本当の転換点は2003年4月28日——Appleがハードウェアではなく「店」を開いた日だ。

01

20万曲の店が、初週で100万曲売った

iTunes Music Storeは20万曲のカタログで開店し、最初の1週間だけで100万曲が売れた。

02

開店から3年足らずで、10億曲

2006年2月23日、開店から3年に満たないうちに累計販売数が10億曲に達した。10億曲目の購入者には20インチのiMacとiPod10台、1万ドル分のギフトカードが贈られている。

03

単位が、アルバムから曲に替わった

iTunesの価格は原則1曲99セント。アルバムをまとめて買う理由が消え、聴きたい1曲だけを選ぶà la carte(ばら売り)消費が主流になっていった。

所有という行為そのものは変わらなかった。変わったのは、その単位だった。アルバムから、曲へ。


03 — 承 所有の迂回

ブロードバンドという土管の上に、YouTubeとNetflixが乗った

iPod/iTunesが変えたのは「何を買うか」の単位だった。もう一つの変化は、「所有する」という行為そのものを迂回する方向に進んでいた。その土台になったのが、家庭のインターネット接続の変化だ。Pew Research Centerの調査では、米国で自宅にブロードバンド回線を持つ世帯の割合は2000年6月時点でわずか3%、それが2010年には66%に達している。

この回線の上に現れたのが、2005年2月に設立されたYouTubeだった。設立から1年半ほどでユーザー数が拡大し、2006年10月にGoogleが$1.65Bでの買収を発表(同年11月に成立)、買収時点でのユーザー数は5,000万人を超えていた。YouTubeが提供したのは、ファイルを「買う」のでも「ダウンロードする」のでもなく、ただ「見る」という消費の形だった。

同じ発想は、映像の世界でもすでに動いていた。Netflixは1997年の創業から2年後の1999年、郵送でDVDを届ける定額制サブスクリプションを開始し、2000年には1本ごとの追加料金を完全に撤廃した。2005年には会員数420万人、1日に発送されるDVDは100万枚規模に達していたが、これはまだ「借りる」モデルで、ストリーミング配信が始まるのは2007年——本格的な動画配信時代は、もう一歩先だった。

1999
CD買う・物理メディア・アルバム単位
2003
iTunes Music Store買う・デジタルファイル・曲単位
2005-07
YouTube/Netflix見る・借りる・ネットワーク経由・所有権なし

「買う」から「見る」へ。この時点で、音楽・映像の消費は所有というモデルから完全に離陸していた。


04 — 転 見える崩壊と、見えない豊かさ

44%消えた売上は、2024年に戻ってきた

ここからが「見える被害」だ。IFPI(国際レコード産業連盟)の集計では、グローバルな音楽産業の年間収益(トレード・レベニュー)は1999年の$26.6Bをピークに下落を続け、2014年には$15.0Bまで縮小した——ピーク比で44%の消失。米国だけで見ても、1999年の$14.6Bから2008年には$9Bへと、ほぼ同じ規模の崩壊が起きている。CDという「モノ」を売るビジネスは、iPod・iTunes・違法ファイル共有・ブロードバンドの拡大という複数の力に同時に押され、2000年代の10年間でほぼ半減した。

ところが、この物語には続きがある。IFPIの最新データでは、2024年のグローバル音楽産業収益は$29.6B——1999年のピークを、名目上はすでに超えている。ただし今回の売上を支えているのは所有権の売買ではなくストリーミングの定額課金で、収益の69%を占めるのはサブスクリプションと広告付き再生だ。「所有」を手放したことで一度沈んだ売上は、「アクセス権を貸す」という別のビジネスモデルによって拾い直された。

業界が売っていたものが変わった。かつては「曲という所有物」を、今は「聴き続ける権利」を売っている。

さらに興味深いのは、この収益崩壊の間、聴けるものの"質"そのものはどうだったかという問いだ。経済学者Joel Waldfogel(2012, Journal of Law and Economics)は、ナプスター以降の新譜を、批評家の「年間ベストリスト」に基づく指標で追跡した。収益が落ち込んだからといって新譜の質が落ちた証拠は見つからず、利用データに基づく2つの指標では、むしろわずかな上昇さえ確認されている。

業界の売上という「見える数字」は本当に消えた。だが、聴けるものの「豊かさ」という見えない数字は、同じようには消えなかった。


05 — 結 前の時代の上に立っていた時代

"所有"を終わらせたこの時代は、まだ何も終わらせていなかった前の時代の上に立っていた

2000年代が終わらせたのは、CDというモノを買う習慣だった。だが、この時代が生まれる前にも、別の「絶頂期」があった——レンタルビデオ店が全米に軒を連ね、Blockbusterが最盛期に世界9,000店舗を構えていた1990年代だ。

この連載はこの先、2000年代から10年単位で遡っていく。次に見るのは、Netflixの郵送DVDがまだ「新しい挑戦者」でしかなかった時代、レンタルビデオという"借りる"モデルが絶頂を迎えていた1990年代の物語だ。

新しいメディア・制度が現れるたび、それは必ず前の時代の時間・資金のどれかを奪って成立する。2000年代の"持ち歩く"も、1990年代の"借りる"という土台の上に生まれた。余暇の総量そのものが幸福にどう影響したかは別記事「余暇は増えた。幸福も増えたか?」で扱っている。ここで追ってきたのは、その余暇の「使われ方」の中身が、時代とともにどう入れ替わってきたかという経済史だ。続きは次回。


06 — 出典

参考文献

本記事の要約・引用元。

01
RIAA/Nielsen SoundScan米国音楽産業年間統計(年次シッピング統計).2000年のCDアルバム販売ピーク(9億4,300万枚)、1999年(ピーク)・2008年の米国音楽産業収益($14.6B→$9B)の出典。
02
Apple Inc. プレスリリース"Apple Presents iPod"(2001-10-23)/"Apple Launches the iTunes Music Store"(2003-04-28)/"iTunes Music Store Downloads Top One Billion Songs"(2006-02-23).iPod・iTunes Music Storeの発売日・価格・販売数の出典。
03
Pew Research CenterHome Broadband Adoption(各年次調査レポート).米国家庭のブロードバンド普及率(2000年6月3%→2010年66%)の出典。
04
IFPI(国際レコード産業連盟)Global Music Report(各年版).グローバル音楽産業収益の推移(1999年$26.6B・2014年$15.0B・2024年$29.6B、2024年ストリーミング収益シェア69%)の出典。
05
Waldfogel, J.(2012)"Copyright Protection, Technological Change, and the Quality of New Products: Evidence from Recorded Music since Napster." Journal of Law and Economics, 55(4), 715-740.(NBER Working Paper No.16882/17503として先行公開)ナプスター以後の新譜の質が低下していないという分析の出典。
06
Google Inc. プレスリリース(2006)/Netflix社史YouTube設立(2005)とGoogleによる買収($1.65B、2006年発表)、Netflixの郵送DVDサブスクリプション開始(1999)・会員数・ストリーミング開始(2007)の出典。
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