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商店の利益が13%増えた時、客が得た分はそれより大きかった。

マイクロファイナンスの効果測定は、普通「融資を受けた企業がどれだけ儲かったか」しか見ない。だがチリで行われた大型融資の実験は、その先の"客"まで調査した。企業の利益は月292ドル増えたが、客が得た消費者余剰はそれを上回る月494ドル。しかも近隣の同業12万5千社を調べても、客を奪い合った証拠はほとんど出てこなかった。

この記事で手に入るもの

「マイクロファイナンスは借り手だけを助ける」という通念に対して、チリの大型融資RCTが実際に測定した数値(企業利益+$292/月・消費者余剰+$494/月)、そして「他社から奪っただけではないか」という疑いを12万5千社超のデータで検証した結果までを確認する。

01 — 問い

融資の効果測定は、なぜ「借りた側」しか見ないのか

マイクロファイナンスの効果を測る研究は、これまでに数百本と書かれてきた。しかしそのほとんどは「融資を受けた企業の利益・売上・雇用がどう変わったか」しか追わない。企業が儲かればそれで成功、という前提が暗黙のうちに置かれている。

だが、その企業から実際に物を買っている「客」はどうなったのか。融資で強くなった商店は、客にとっても良い店になったのか、それとも単に値上げして儲けを増やしただけなのか——この問いにまで踏み込んだ研究はほとんど存在しなかった。2026年、Karlan, Rigol & Roth(NBER Working Paper No. 35729)が、チリでの大型融資の実験を通じてこの空白に答えを出した。


02 — 実験の設計

チリで、融資の効果を"客側"からも測った

研究チームはチリのマイクロ企業を対象に、ランダム化比較試験(RCT)を実施した。一部の企業にだけ大型の融資を提供し(処置群)、残りを対照群として比較する——この設計自体はマイクロファイナンス研究として目新しいものではない。

新しいのは、処置企業の利益だけでなく、その企業から実際に商品・サービスを買っている顧客に直接調査をかけ、消費者余剰(consumer surplus——客が「これくらいなら払ってもいい」と思っていた金額と、実際に支払った金額の差)の変化まで定量化したことだ。マイクロ企業は比較的差別化されていない商品・サービスを売っていることが多いと理論的に想定されており、そうであれば融資は単に同一市場内で売上を付け替えるだけで、客にとっての得は増えないかもしれない——というのが検証すべき仮説だった。


03 — 結果

店の利益より、客の得のほうが大きかった

結果は非対称だった。融資を受けた企業の利益は月292ドル増加し、これは13.4%の増加に相当する。悪くない数字だ。しかし顧客調査データが示した消費者余剰の増加は、月494ドル——企業自身が得た292ドルの増益を、客の得た余剰の方が上回っていた。

GDPに記録されるのは、企業の$292の増益の方だけだ。客が得た$494の余剰は、統計上の生産・所得のどこにも計上されない。融資1件が生み出した価値のうち、企業に残った分より大きい部分が、そもそも「経済成長」として数えられていない。


04 — 反証

12万5千社を調べても、客の奪い合いは見つからなかった

この結果に対する最も自然な反論は、「その商店の売上が伸びたのは、近所の同業他社から客を奪っただけではないか」というものだ。差別化されていない商品を売る店同士なら、片方が伸びればもう片方が縮む——市場全体としては何も増えていない、というのが business stealing(顧客の奪い合い)仮説だ。

研究チームは、融資を受けた企業と同一市場で操業する非処置企業125,000社超のサンプルを使ってこの可能性を検証した。結果、business stealingの証拠はほとんど見つからなかった。

融資は、誰かの取り分を別の誰かに付け替えたのではなく、市場全体のパイを大きくした、という結果になる。クレジット拡大による厚生の増加は、借り手本人の範囲を大きく超えて広がっていた。


05 — 解釈

150年前から知られていて、GDPには映らない数字

消費者余剰という概念自体は目新しくない。19世紀の経済学者アルフレッド・マーシャルが定式化した、「客が支払ってもいいと思っていた最大額」と「実際に支払った額」の差という古典的な尺度だ。理論としては経済学の教科書の最初の方に出てくる。

だが実際に測定されることは稀だ。ふつうは市場での価格と販売量の変化からしか間接的に推定できず、この論文のように「顧客に直接尋ねる」形でドル単位まで定量化される機会はまれだった。その意味で、このチリのフィールド実験は、教科書の中だけにあった数字を現場で測ってみせた一例と言える。

01

企業の利益

GDP・税収・雇用統計に反映される、統計上「見える」価値。今回の実験では月+$292(+13.4%)。

02

消費者余剰

客が得た「お得」の総量。統計にはほぼ反映されない、見えない価値。今回の実験では月+$494——企業の増益を上回る。


06 — 結論

マイクロファイナンスは、借り手だけを助けているのではない

「マイクロファイナンスは借り手企業だけを豊かにする」という通念は、この実験の数字を見る限り不完全だ。企業の増益(GDPに映る数字)より、客が得た消費者余剰(GDPに映らない数字)の方が大きかった。しかもそれは他社の取り分を奪った結果ではなく、市場全体で増えた価値だった。Art127(AIは、統計が言うより7倍安くなっていた)Art141(検索1位という"広告費"は、AIエージェントの前で意味を失うのか)と同じ「市場の見えない値付け構造をデータで暴く」系譜に、Art45(GDPには載らない豊かさ|検索エンジンを失う痛みの値段)とも「GDPに映らない豊かさ」という軸で接続する。

限界。本記事の主要出典は2026年のNBERワーキングペーパーであり、大規模な追試や査読を経ていない。対象はチリという一国・マイクロ企業という一業態に限られ、他国・他業態で同じ非対称(客の得>企業の増益)が再現するかは未検証。消費者余剰の推定は顧客への自己申告調査に基づくため、回答者の申告バイアス(実際より高く「払ってもよかった」と答える等)が数値に影響している可能性も残る。

店の利益が13%増えた時、客の得はそれより大きかった。GDPが記録するのは、そのうちの半分でしかない。


07 — 出典

参考文献

本記事の要約・引用元。マイクロファイナンスのフィールド実験と、消費者余剰という経済学の古典的概念を組み合わせている。

01
Karlan, D., Rigol, N. & Roth, B.N. (2026)When Microenterprises Grow, Are Consumers Better Off? Evidence from Large Loans to Microenterprises in Chile. NBER Working Paper No. 35729. チリの大型融資RCT、企業利益+$292/月(+13.4%)・消費者余剰+$494/月・非処置企業125,000社超によるbusiness stealing検証の出典。査読前のワーキングペーパー。
02
Marshall, A. (1890)Principles of Economics. Macmillan. 消費者余剰(consumer surplus)——支払許容額と実際の支払額の差という古典的定式化の出典。
SURPLUS BOOKS VOL.1

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