かつては科学もそう言っていた。130の報告を束ねたメタ分析があり、学会の公式決議があった。ところがその根拠を出版バイアスの補正にかけ、事前登録された検証にかけ直すと、効果は次々に消えていった。そして2020年、アメリカ心理学会は自らの決議を書き換える。208回の統計検定が残した答えを追う。
1,004人の10代を保護者評価と公式レーティングで調べた事前登録研究の結論、成人90人に8週間毎日プレイさせた実験で208の検定を回した結果、そして学会が「暴力的行動との因果を支持する科学的証拠は不十分」と決議を改訂するまでの経緯。あわせて、それでも消えていない論点と、この論争を40年こじらせた言葉の混同まで。
銃乱射事件が起きるたび、暴力的なビデオゲームの名前が挙がる。これは単なる感情的な反応ではなかった。かつては、学術の側にそれを支える文献が積み上がっていたからだ。
Anderson らが2010年に発表したメタ分析は、130の報告を統合し、暴力的ゲームが攻撃的思考・怒り・生理的覚醒・攻撃行動を増やし、共感と援助行動を減らすと結論した。アメリカ心理学会(APA)は2015年、この知見を土台にした決議を採択し、暴力的ゲームと攻撃性の関連を公式に認めている。
証拠の量としては十分に見えた。実験研究があり、縦断研究があり、メタ分析があり、学会の裏書きがあった。だが2010年代後半、心理学全体を襲った再現性の点検が、この領域にも及ぶ。
最初の一撃は、新しいデータではなく、既存データの読み直しから来た。
Hilgard, Engelhardt & Rouder は2017年、Anderson らのメタ分析データを新しい出版バイアス補正法(PET-PEESE、p-uniform、p-curve)で再分析した。結論はこうだ——暴力的ゲームの攻撃感情・攻撃行動への効果を検証した実験研究群は出版バイアスに汚染されている可能性があり、補正後の効果は非常に小さい。
Anderson 側はこれに反論しており、「Hilgard らが用いた新手法は、この種のデータに対して最適とは言えない」と主張している。この応酬自体は現在も決着していない。本記事は片側だけを採らず、両方を提示する。
より踏み込んだのが、Ferguson, Copenhaver & Markey による2020年の再分析だ。APAの2015年タスクフォース報告そのものを検証対象にしている。
研究者の期待が効果量を押し上げるという指摘は、この分野に固有の話ではない。社会的プライミングでも、実験者が条件を知っているかどうかで結果が変わることが判明している。測っていたのは対象ではなく、測る側だったかもしれない——という同じ構造が、ここでも現れた。
再分析は解釈の余地を残す。決定的なのは、結果を見る前に手続きを公開してから測った研究だ。
Przybylski & Weinstein が2019年に Royal Society Open Science へ発表した研究は、Registered Report という形式を採った。仮説・手法・解析方法を、データを見る前に公開登録する方式である。後から都合よく解析を変えることができない。
英国の14〜15歳 1,004人と、同数のその保護者。
ゲームの暴力度は本人の主観ではなくEUおよび米国の公式レーティングで符号化。攻撃行動は本人の自己申告ではなく保護者の評価を用いた。自己申告どうしの相関という、この分野で最も批判されてきた設計を両方とも外している。
直近の暴力的ゲームのプレイは、保護者が評価した攻撃行動の統計的にも実務的にも有意な相関ではなかった。暴力コンテンツの定義を3通り、行動測定を2通りに変えても結論は一貫した。
もう一つが Kühn らの2019年の研究(Molecular Psychiatry)だ。相関ではなくランダム化対照試験である。
成人90人を3群に無作為割付した。暴力的ゲーム群(Grand Theft Auto V)25人、能動的対照群(The Sims 3)24人、受動的対照群28人。8週間、1日30分以上のプレイを指示し、GTA群は実際に平均35時間プレイしている。
そして52の成果変数について、それぞれ4通りの検定を実施した——合計208回の統計検定。結果、有意な「時間×群」の交互作用は8個現れたが、多重比較を考慮したボンフェローニ補正を行うと、そのすべてが有意でなくなった。
ここが核心。208回撃って、補正後に残ったものはゼロだった。8個という数は、208回の検定で偶然期待される数を超えていない。短期の実験室研究が拾っていたのは、一時的なプライミング効果だったのではないか——著者らはそう位置づけている。
通説の側にも、静かだが決定的な動きがあった。
APAが2015年決議を見直したきっかけは、学術的な理由だけではない。メディアや政策立案者が、その決議を「銃乱射事件の原因は暴力的ゲームだ」という主張の根拠として繰り返し引用したためだった。APAはタスクフォースを設けて再検討し、2020年2月に決議を改訂する。
改訂後の要旨。暴力的ビデオゲームと暴力的行動を結びつける科学的証拠は不十分である。一般的な攻撃性の増加を、暴力行為へ拡張することはできないし、すべきでない。若者の暴力、いじめ、デート暴力、素行障害、成人の逮捕への影響については、証拠が見当たらない。
個人レベルの研究とは独立に、社会レベルの検証もある。Markey, Markey & French が2015年に行った時系列分析は、1978年から2011年までの米国のゲーム売上と暴力犯罪率を突き合わせた。正の相関は見つからなかった。それどころか、ゲーム消費が多い時期にはむしろ暴力犯罪がやや減る傾向が観察され、月次では重度の暴行の減少と関連していた。著者らは、リスクの高い行動が単純に置き換えられた可能性を挙げている。
では何が残り、何が消えたのか。公平に並べる。
この2つを隔てているものが、論争の正体だった。実験室で測られてきた「攻撃性」とは、多くの場合相手に不快な騒音を浴びせる強さや辛いソースを何グラム盛るかといった代理指標である。それが有意に動いたという結果を、私たちは「暴力的な人間になる」という日常語に翻訳して受け取ってきた。
だが両者のあいだには橋が架かっていない。APAの改訂文が明示したのは、まさにその一点だ——一般的な攻撃性の指標が動いたことを、暴力行為へ拡張してはならない。40年にわたる論争を持たせていたのは、証拠ではなく、この言葉の乗り換えだった。
結論。暴力的なゲームをプレイする子どもが粗暴な人間になる、という関係は、現在の最良の証拠では支持されていない。ただし「効果がゼロだと証明された」のではない。正確には「あったとしても、実生活で意味を持つ大きさではない」である。そして本当に検証されたのは、ゲームの影響力よりも、私たちが証拠だと思っていたものの作られ方のほうだった。
補足。本記事はゲームの内容やレーティング制度の是非を論じるものではない。プレイ時間の長さや依存的な使用、睡眠への影響といった別の論点は、暴力表現の問題とは切り離して扱う必要がある。また、Hilgard らの再分析手法をめぐる Anderson 側の反論は現在も継続しており、効果量の推定には研究者間で見解の相違が残っている。
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