← SURPLUS / 記事一覧へ RELATIVE AGE EFFECT ・ 見えない豊かさの経済学

早生まれの自殺リスクは、遅生まれより3割高い。それでもプロ野球のタイトルは、早生まれが獲っていた。

日本の学年区切り(4月2日)は、同じ学年の中に最大11か月の年齢差を生む。この「相対年齢」の差は、学力や運動能力だけでなく、30代の賃金や青年期の自殺リスクにまで統計的に有意な影響を残すことが複数の実証研究で確認されている。だが、プロ野球やアイスホッケーのデータを追うと、話はもう一段階、ねじれる。

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川口大司(2011)による1〜3月生まれ男性の時給が3.9%低いという日本の賃金データと、大阪大学・松林哲也/上田路子(2015, PLOS ONE)による相対年齢が最も低い層の自殺率が約30%高いという追跡調査を軸に、NHLドラフト選手のデータで確認された「エリート層だけ相対年齢が逆転する」という現象(Sonnenberg et al. 2017)、13カ国1540万人規模のADHD診断メタ分析(Whitely et al. 2019)を重ね、「早生まれは不利」という一般論の内側にある二段構造と、日本に限らない世界共通の制度的性質を見ていく。

01 — 4月2日という一本の線が、賃金にまで届く

「学年で一番年下」は、30代の時給にも差を残していた

日本の学校教育法は、4月2日から翌年4月1日までに生まれた子どもを同じ学年に区切る。同じ教室の中に、最大で11か月の発達差を持つ子どもたちが並ぶことになる。この「学年内での相対的な年齢」が学力やスポーツの成績に影響することは、相対年齢効果(Relative Age Effect, RAE)として教育経済学・スポーツ科学の両方で長く研究されてきた。

東京大学の川口大司教授は2011年、日本の学力調査データと労働力調査を用い、相対年齢の差が教育年数や賃金にまで及ぶかを検証した。結果、1〜3月生まれ(学年内で相対的に最も年下)の男性は、4〜6月生まれ(相対的に最も年上)の男性より、30〜34歳時点の時給が3.9%低いことが分かった。教育年数の差も男性0.13年・女性0.08年と、統計的に有意な水準で確認されている。埼玉県の学力調査でも、3月生まれの子どもは4月生まれの子どもより進学先高校の偏差値が4.5低いという結果が報告されている。

ここが起点になる。生まれ月という、本人にはどうにもできない属性が、10年単位で賃金や進学先という「経済的な結果」に変換されている。これは個人の資質の物語ではなく、学年という制度設計が生む格差の物語だ。


02 — 学齢期を超えて続く影響:自殺リスクの追跡調査

4月2日をわずか1週間挟むだけで、15〜25歳の自殺率が3割変わる

相対年齢効果が学齢期だけで消えるものなら、大人になってからの話ではなくなる。だが大阪大学大学院国際公共政策研究科の松林哲也准教授と、米シラキュース大学の上田路子リサーチアシスタントプロフェッサーが2015年にPLOS ONEで発表した研究は、この効果が青年期の生死にまで及ぶことを示した。

研究チームは1974〜1985年生まれの約2000万人のうち、1989〜2010年に15〜25歳で死亡した記録(人口動態統計)を分析。日本では入学時期の繰り下げが認められず「4月2日の前後に生まれたかどうか」がほぼ偶然で決まるという制度の特性を利用し、回帰不連続デザインという手法でカットオフ日の前後を比較した。結果、4月2日の直前7日間に生まれた(学年内で最も年下になる)人々の自殺率は、直後7日間に生まれた人々より約30%高かった。学齢期特有の問題ではなく、相対年齢の不利が異なるキャリアパス・人間関係の積み重ねを経て、10代後半から20代の健康にまで影を落とすことを、厳密な手法で初めて示した研究とされている。

01

「偶然の実験」としての強さ

入学を遅らせる制度がない日本では、カットオフ日をまたぐわずかな出生日の差はほぼランダムに決まる。これにより、相対年齢そのものの効果を、家庭環境や地域差から切り離して検証できる。

02

それでも「早生まれだから不幸」ではない

この研究が示すのは集団レベルの統計的な差であり、個人の帰結を予言するものではない。自殺は多要因が絡む現象であり、相対年齢はその中の一つの経路にすぎないと著者らも強調している。


03 — プロ野球とNHLに見る、意外な「二段構造」

選ばれる段階では不利。しかし生き残った先では、逆に有利になる

ここまでは「相対年齢が低いほど不利」という一貫した話だった。だがプロスポーツのデータを掘ると、単純な一本道ではなくなる。日本の少年野球では、全国大会に出場する選手のうち4〜6月生まれが45.2%を占める一方、1〜3月生まれはわずか6.4%にとどまる。体格・体力で選抜される年代ほど、相対的に年上の子どもが有利になるという、典型的な相対年齢効果の現れだ。

ところが、プロ入りした選手の中でもタイトル獲得者やベストナイン選出者に限ると、1〜3月生まれの比率がむしろ上がるという逆転現象が報告されている。同じ構図は、より厳密な学術データでも確認されている。Sonnenbergらが2017年にPLOS ONEで発表した研究は、2008〜2016年にドラフト指名されたNHL選手4,447人シーズン分の観測値を分位点回帰分析で検証した。カナダ・米国のアイスホッケーは12月31日が選抜年度のカットオフのため、1〜3月生まれが相対的に年上・有利な集団にあたる。しかし結果は、相対的に不利な10〜12月生まれの選手の方が、得点面で中央値6.5ポイント・エリート層(90パーセンタイル)では9.2ポイント上回り、年俸も中央値で33.5%・エリート層で51.3%高かった

ここが逆転する。相対的に不利な生まれ月の子どもは、選抜の門をくぐる人数自体は少ない。しかし、体格の不利を跳ね返してまでプロの頂点に残った選手は、もともと突出した才能を持っていた可能性が高い——生存者バイアスが、母集団レベルの不利をエリート層で反転させている。


04 — 「幼さ」が「病気」と誤診されるとき

学年で一番年下というだけで、ADHDと診断されやすくなる

相対年齢効果は、幸福度そのものを直接測った研究こそ乏しいものの、幸福を構成する経路——所得・教育・メンタルヘルス——への影響という形で、繰り返し確認されている。中でも示唆的なのがADHD(注意欠如・多動症)の診断データだ。2019年にWhiteleyらがJournal of Child Psychology and Psychiatry誌に発表した系統的レビューは、13カ国・延べ1540万人以上を対象にした19本の研究を統合した。

結果は一貫していた。医薬品の処方率が高い国(米国・カナダ・アイスランド・イスラエル・ドイツなど)では、学年内で最も年下の子どもが薬物療法を受けるリスク比は1.27(95%信頼区間1.19-1.35)。台湾の37.8万人規模の調査では、学年最年少児のADHD診断リスク比が1.61(95%信頼区間1.46-1.78)、投薬リスク比は1.75(95%信頼区間1.55-1.98)にのぼった。処方率が低い国を含めても傾向は同様で、19本中17本の研究が同方向の結果を報告している。

ここで起きているのは、生物学的な病理というより、比較対象の設定ミスに近い。同じ教室の中で相対的に幼い子どもの行動が、実際の年齢を考慮しないまま「同学年の基準」と比較され、注意欠如や多動として過剰に検出されている可能性が指摘されている。制度が生んだ「相対的な幼さ」が、個人の「病気」として処理されてしまう構造だ。


05 — 日本特有ではない:カットオフのある国ならどこでも起きる

「不利な月」は国によって違う。でも「不利な月がある」ことは共通している

相対年齢効果は、4月始まりという日本特有の暦が生む現象ではない。年齢で人を区切って選抜する制度がある限り、カットオフ日がどこに引かれていても、同じ構造の格差が発生する。英国の学年区切りは9月で、財政研究所(IFS)の報告では、カットオフ直前の8月生まれの生徒はGCSE試験の成績が男子で約12%・女子で約9%低く、難関大学への進学率も約20%低いとされる。カナダのアイスホッケーは12月31日がカットオフで、1月生まれを中心とする年前半生まれの子どもが主要チームに選抜されやすい。米国では、S&P500企業のCEOに6〜7月生まれが統計的に少ないという指摘もある。

サッカーでは多くの国が1月1日をカットオフにしており、U-17ワールドカップ(2007〜2015年)の分析では年内での出生分布に明確な偏りが確認された(w=0.45)。ただし効果の強さは大陸ごとに異なり、欧州(UEFA)ではw=0.60と強い一方、北アフリカはw=0.82とさらに顕著、サハラ以南アフリカはw=0.33でむしろ逆方向の傾向を見せるなど、同じ制度でも社会・育成環境によって効果量が変わることも分かっている。

日本(学校・4/2区切り)1〜3月生まれの賃金-3.9%、自殺率+30%
英国(学校・9月区切り)8月生まれのGCSE成績-9〜12%、難関大進学率-20%
カナダ(ホッケー・12/31区切り)年後半生まれの主要チーム選抜率が低下
世界(サッカー・多くは1/1区切り)大陸により効果量w=0.14〜0.82と幅がある

「早生まれ」という言葉自体、日本の暦に固有の表現だ。しかし、その裏にある現象——恣意的な線引きが人を選別し、その選別が長期の経済的・心理的な帰結に変換される、というメカニズムは、国境を越えて再現される。生まれ月に意味があるのではなく、線を引く制度の側に意味がある。


06 — GDPにも成績表にも載らない、制度のコスト

誰のせいでもない不利を、それでもどう扱うか

相対年齢効果が示すのは、個人の資質や努力とは無関係に発生する、制度設計そのもののコストだ。このコストはGDPにも学校の成績表にも「相対年齢による損失」という項目では現れない。賃金の3.9%、自殺率の30%、ADHD診断リスク比の1.27〜1.75倍——それぞれ別々の統計として存在し、誰かがその総和を「見えない制度コスト」として合算することは、通常ない。

「幸福の40%は努力次第」という円グラフを検証した記事で見たように、幸福研究はしばしば個人が介入できる要素に焦点を当てる。だが相対年齢効果が示すのは、個人にはどうにもならない領域が確かに存在し、しかもそれが数十年単位で結果に効いてくるという事実だ。それでも、プロ野球やNHLのデータが教えてくれることもある——母集団としては不利でも、その不利を押し返してなお残った先には、道が閉ざされているわけではない。

ここが着地点。「早生まれは不利」を個人の物語にしてしまうと、対策は精神論に矮小化される。しかし制度の物語として見れば、教育現場での配慮や評価方法の調整という、具体的に手を打てる余地が残る。生まれ月は選べないが、線の引き方は、人間が選び直せる。


07 — 出典

参考文献

本記事の要約・引用元。数値は各文献の概算値に基づく。

01
Kawaguchi, D.Actual Age at School Entry, Educational Outcomes, and Earnings. Journal of the Japanese and International Economies, 25(2), 64-80.(2011)。1〜3月生まれ男性の時給が4〜6月生まれより3.9%低いこと、教育年数の差(男性0.13年・女性0.08年)を報告。本記事セクション01の中心的出典。
02
Matsubayashi, T., & Ueda, M.Relative Age in School and Suicide among Young Individuals in Japan: A Regression Discontinuity Approach. PLOS ONE, 10(8), e0135349.(2015)。1974-1985年生まれ約2000万人・15-25歳の自殺記録約25,000件を分析、4月2日カットオフ前後7日間で相対年齢最下位群の自殺率が約30%高いと報告。本記事セクション02の中心的出典。
03
Sonnenberg, L. K., Bell, T. R., Vollmar, C., & Chan, D.The Relative Age Effect Reversal Among the National Hockey League Elite. PLOS ONE, 12(8), e0182827.(2017)。2008-2016年ドラフト指名選手4,447人シーズン観測値の分位点回帰分析で、相対的不利群がエリート層で得点・年俸とも上回る逆転を報告。本記事セクション03の中心的出典。
04
Whitely, M., Lenzi, F., Sharma, A., et al.Annual Research Review: Attention Deficit Hyperactivity Disorder Late Birthdate Effect Common in Both High and Low Prescribing International Jurisdictions: A Systematic Review. Journal of Child Psychology and Psychiatry, 60(4), 380-391.(2019)。13カ国・19研究(延べ1540万人超)を統合し、学年最年少児のADHD診断・投薬リスク比の上昇を報告。本記事セクション04の中心的出典。
05
Institute for Fiscal Studies(英国).The Long Shadow of Deprivation ほか、学校入学月と成績に関する報告書群.(各年)。8月生まれ(カットオフ直前)のGCSE成績・難関大進学率の低下を報告。本記事セクション05の出典。
06
Romann, M., & Fuchs, U. ほか複数研究の統合分析.Geographical Variations in the Interaction of Relative Age Effects in Youth and Adult Elite Soccer. Frontiers in Psychology.(2016年前後)。U-17ワールドカップ(2007-2015)の出生分布を大陸別に分析し、効果量の地域差(w=0.14-0.82)を報告。本記事セクション05の出典。
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