2023年、日本の空き家数は過去最多の899.5万戸に達した。売る・壊すほうが明らかに合理的なのに、多くの所有者は何年も動かない。損得勘定ができないのではない。「手放す」という行為そのものを、脳が実際以上の「損失」だと錯覚しているだけだ。
「なぜ人は自分の持ち物を実際の価値より高く見積もるのか」を示した保有効果の古典的実証(Kahneman, Knetsch & Thaler, 1990)と、相続そのものを題材にして現状維持バイアスを発見した原点実験(Samuelson & Zeckhauser, 1988)、「長く持っていたものほど手放すのが辛くなる」という所有期間の効果(Strahilevitz & Loewenstein, 1998)を1本につなぎ、空き家問題が単なる「経済合理性の欠如」では説明できない理由を示す。あわせて、モノを手放した後の生活満足度に関する実証研究から、「失う痛み」の予測はしばしば実際より過大であることも見る。
総務省の「令和5年住宅・土地統計調査」によれば、2023年時点の全国の空き家数は899.5万戸、総住宅数に占める空き家率は13.8%で、いずれも過去最多を更新した。5年前の2018年調査(849万戸)からさらに50.7万戸増えている。単純化すれば、日本の住宅のおよそ7戸に1戸が、すでに空き家という計算になる。
問題は数の多さだけではない。国土交通省住宅局が2025年に公表した「令和6年空き家所有者実態調査」によれば、空き家所有者の94.3%が50歳以上、59%が年間収入500万円未満だった。維持管理やリフォームの費用を十分に捻出できない世帯が所有者の中心にいることは、放置が続く一因ではある。だが、それだけでは説明しきれない現象がある——売却すれば数百万円が手に入り、解体すれば固定資産税の増額や倒壊リスクという負債を止められるのに、それでも何年も動かない所有者が珍しくないという点だ。
ここが謎になる。経済合理性だけを前提にすれば、資産価値が目減りし続ける前に売る・壊すのが「正解」のはずだ。にもかかわらず先送りが起きるのは、所有者が不合理だからではなく、「自分が持っているもの」の値段の測り方そのものが、市場とは別の物差しで動いているからだと考えると説明がつく。
行動経済学者ダニエル・カーネマン、ジャック・クネッチ、リチャード・セイラーは1990年、この現象の土台となる古典的な実験を行った(Kahneman, Knetsch & Thaler, 1990)。学生の半数にマグカップを無償で配り「いくらなら売るか」と尋ね、残り半数には同じマグカップを見せて「いくらなら買うか」と尋ねた。市場が合理的に機能するなら、両者の答えはおおむね一致するはずだ。だが実際には、マグカップを渡された「売り手」が要求した金額は、渡されなかった「買い手」が提示した金額のおよそ2倍に達した。
この落差は、単に「モノを大事にする」という美徳の話ではない。心理学的には損失回避——同じ金額でも、失うことの痛みは、得ることの喜びよりおよそ2倍強く感じられるという原理——の表れだと説明される。何かを「自分のもの」として所有した瞬間、それを手放す選択は「利益を逃す」ではなく「損失を被る」という、より重く感じられるフレームに切り替わってしまう。
保有効果はモノを何年も使い込んだ後に生まれるのではない。マグカップ実験が示す通り、実験室でモノを手渡されたその場ですぐに評価額が跳ね上がる。「自分のもの」というラベルが貼られるだけで十分だ。
空き家の資産価値は、不動産市場が決めているようでいて、実際には所有者本人の脳が「これを手放すといくら損した気分になるか」を基準に査定している。市場の実勢価格とこの脳内査定の間には、しばしば大きな開きが生まれる。
ここが核心。空き家の「値段」は、不動産市場ではなく所有者の脳内で決まっている。そしてその脳内価格は、実勢価格よりほぼ一貫して高い。
興味深いことに、現状維持バイアス(status quo bias)という概念そのものを最初に実証した実験の題材は、まさに「相続」だった。ウィリアム・サミュエルソンとリチャード・ゼックハウザーは1988年、被験者に架空の資産運用の選択肢を提示する実験で、ある投資先が「たまたま相続で受け継いだ既定の選択肢」として提示された場合、被験者はそれをそのまま維持する傾向が、選択肢が中立に提示された場合より強くなることを示した(Samuelson & Zeckhauser, 1988)。相続という文脈そのものが、「今のままにしておく」ことへの引力を強めるのだ。
行動ファイナンスの実務でも、この構図はしばしば指摘される。相続人は、自分では選ばなかったであろう資産・不動産であっても、「受け継いだものを変えるのは何か間違っている」という感覚から、そのまま保持し続けやすいことが知られている。空き家の多くが実家——親や祖父母から受け継いだ家——であることを踏まえれば、相続という出来事そのものが現状維持を後押ししている可能性は高い。
さらに、保有期間の長さも評価額を押し上げる。ミハル・ストラヒレビッツとジョージ・ローウェンスタインは1998年の一連の実験で、同じ物であっても所有していた期間が長いほど評価額が上がり、それを失ったときの痛みの大きさもまた、失う前の所有期間の長さに比例して増すことを示した(Strahilevitz & Loewenstein, 1998)。祖父母の代から数十年にわたり家族が住み続けてきた実家は、この理屈に従えば、単なる不動産評価額をはるかに超える「重み」を所有者の中に蓄積していることになる。
空き家を保有し続けることの経済的な代償は、国の統計にはほとんど反映されない。固定資産税の住宅用地特例(更地にすると税額が跳ね上がる制度)は解体をためらわせる誘因になり、倒壊・放火・害獣といった管理不全リスクは地域にとっての外部不経済になる。土地・建物という資産が有効活用されないまま眠り続けることの機会損失は、GDPという指標には「マイナス」としてはほぼ計上されない——GDPと豊かさが逆に動くときの非対称性を論じた記事で見た「防御的支出や資産の劣化はGDPの外側で起きる」という構図が、ここでもそのまま当てはまる。
では、保有効果に従って抱え続けることは、本人の幸福を実際に守っているのだろうか。ここで参照できるのが、モノや空間の管理と幸福度の関係を調べた研究群だ。ロジャーズとハートは2021年、1,111人を対象にした調査で、自分の家を「散らかっている」と感じる主観的な雑然さが、生活満足度や心理的なウェルビーイングの低さと強く結びついていることを示した(Rogers & Hart, 2021)。また、ミュスター、イラン、ミュンシュらのドイツでの実践研究では、パンデミック下でモノを手放す「断捨離」的な行為が、状況をコントロールできているという感覚の高まりや、不安の軽減と結びついていたことが報告されている(Muster, Iran & Münsch, 2022)。
これらの知見が示すのは、「手放すと不幸になる」という保有効果の予測が、必ずしも実際の結果と一致しないということだ。空き家を持ち続けることで生じる維持費・税負担・意思決定の先送りそのもののストレスは、雑然とした持ち物が生活満足度を下げるのと同じ構図で、所有者本人の幸福度を静かに下げている可能性がある。
ここが核心。保有効果は「手放すと大きく損をする」という感覚を作り出すが、その感覚は将来の痛みを実際より過大に予測する感情予測の誤りであることが多い。実家を抱え続けることは、しばしば守っているつもりの安心感を、むしろ静かに目減りさせている。
※本記事は行動経済学・ウェルビーイング研究の知見の紹介であり、不動産の売却・解体を推奨するものではありません。相続財産の処分は税制・権利関係が複雑なため、実際の判断には専門家への相談が必要です。
本記事の要約・引用元。数値は各文献・統計調査の概算値に基づく。
連載の主要記事を1冊に再構成し、書き下ろしを加えたKindle本です。数字では測りにくい豊かさを、所得・時間・関係・自由の視点から読み直します。
Amazonのアソシエイトとして、meclGGは適格販売により収入を得ています。