環境省の調査によれば、私たちは1年間に約11着の服を手放す一方で、1年間1回も着ていない服を1人あたり約24枚も持っている。世界全体でも、服が捨てられるまでに着られる回数は15年前より36%減ったと報告されている。値札に書かれた金額は、その服を何回着るかを何も語らない。この記事では、筆者が自分の服を1着ずつ棚卸しした記録を素材に、服の値段を「1回あたり」と「定価の分解」という2本の物差しで測り直す。
「1回あたりの値段」の計算式と、素材表示(タグ)から服の寿命を読む方法。そして、セールは値引きではなく、定価に最初から乗せられていた"セール代"の回収であり、中古で買うことはブランド代を払わずに素材と作りだけを借りることだという読み替え。明日から服を買うときに、どこにお金を払っているのかが見えるようになる。
5,000円のシャツと1万円のシャツ、どちらが高いか。答えは、何回着るかで決まる。
環境省がまとめた日本の衣服の実態では、私たちは1年間に約11着の服を手放し、約2着を修繕している。その一方で、1年間1回も着られていない服が1人あたり約24枚ある。手放された服のうち、フリマアプリや回収を通じて古着としてもう一度使われるのは約35%にとどまる。
これは日本だけの話ではない。英国のエレン・マッカーサー財団は2017年の報告書で、服が使われなくなるまでに着られる平均回数(clothing utilisation)が、世界全体で15年前より36%減ったと書いている。中国に限れば、同じ15年で70%減った。服を作る量が増える一方で、1着あたりの出番は減り続けている。
ここが核心。1回も着ない服の「1回あたりの値段」は、割り算ができないほど高い。値札がどれだけ安くても、着なければ、それは一番高い服になる。
服の値段を比べるなら、値札ではなく、1回あたりの値段で比べるほうが実態に近い。
# 1回あたりの値段
(買った値段 − 売ったときの手取り + 手入れ代)÷ 着た回数
# フリマアプリの手取り = 売値 − 手数料(10%)− 送料
筆者の手持ちで計算すると、差ははっきり出た。前の冬に履いた革靴は、1シーズン(15〜20回)で下取りに出して2,600円が戻った。1回あたりは約420〜560円になる。同じ用途の新しい革靴を、今度は5〜8年履き切るつもりで計算すると、1回あたりは約80〜130円まで下がる。「売れば得」とは限らない。売値がほとんど残らないものは、使い切るほうが安い。
逆に、売値が残るものは話が変わる。筆者は、ある百貨店ブランドのコットンジャケットを、定価の1割に届かない値段で中古で手に入れた。このブランドは中古でも探す人が多く、きれいなうちに手放せば、買った値段に近い額が戻る見込みがある。そうなれば、ほぼタダで数年間借りていたのと同じことになる。
ストレッチのためのポリウレタンは、熱や汗で劣化し、2〜3年で伸びが戻らなくなる。数%しか入っていなくても、服全体の寿命をその繊維が決めてしまう。アクリルが多いニットは毛玉で早く古く見え、ウールとポリエステルの混紡は、毛玉ができやすいうえに強い繊維が玉をつなぎとめて落ちない。
1万円のリネンシャツを夏に5回しか着なければ、3シーズンもっても1回あたり約700円。一方、3,000円の厚手のTシャツを春秋は1枚で、冬は重ね着の下に着て年20回、5年使えば、1回あたりは約30円になる。値札の高い安いと、1回あたりの高い安いは、しばしば逆転する。
服の定価は、「全部が定価で売れる」とは誰も考えていない値段だ。
経済学者エドワード・ラジアーは1986年の論文で、需要が読めない新商品を売る店にとって、まず高い値段をつけ、売れ残りに応じて時間とともに値下げしていくことが合理的になる仕組みを示した。高い値段で売れ残るリスクを最初から引き受け、値下げで需要を探る。この論文は、値段は棚に並んだ時間とともに下がり、初めの値段と下げ方は市場の薄さや「見るだけの客」の割合で予測できる、と述べている。
買い手から見れば、これは定価の中に、あとで値下げする分と売れ残る分があらかじめ織り込まれているということだ。定価を分解すると、おおよそ次の5つになる。
どの項目が何割かは、ブランドや商品ごとに違い、公開されることもほとんどない。ただ構造としては、シーズンごとにデザインが変わり、セールの多い売り場ほど、3番目の「値引き・在庫ロス」の比重が大きくなる。
ここが核心。セールで買うことは、店から施しを受けることではない。定価を払う人が先払いしていた"セール代"を、待った人が受け取っているだけだ。セールの多いブランドにとっては、セール価格のほうが本当の値段に近い。
中古市場があると、服は「消費するもの」から「一時的に借りるもの」に変わる。ただし、それが成り立つのは一部の服だけだ。
経済学者ジョン・ラストは1986年の論文で、中古市場の存在が新品の売り手の判断を変えることを示した。教科書の出版社が毎年改訂版を出すのは中古本の市場をつぶすためだ、というよく知られた見方を出発点に、条件によっては売り手が中古市場を消すような商品の作り方を選びうることを理論で検討している。中古で売れるかどうかは、その商品の価値そのものの一部なのだ。
服で言えば、中古でも探される定番を持つブランドは、売値が残る。シーズンごとにデザインが変わり、セールや割引が多いブランドは、新品が安く手に入るぶん、中古の値段が残らない。筆者は、手持ちの服を次の3つに分けて運用することにした。
集計してみると、筆者の手持ちのうち①に入るのは1着だけで、大半は②と③だった。「売る前提で買っているつもり」と、実際に売値が残る服とは、ずいぶん違っていた。
ここが核心。服のコストを決めるのは、値札の数字ではなく、何回着るか、手放すときに何が残るか、そして定価の中の何にお金を払っているかだ。タンスの24枚は、そのどれにも答えられないまま、統計に映らない無駄として眠っている。
本記事の要約・引用元。筆者の服の数値は、筆者自身の記録と見立て。
連載の主要記事を1冊に再構成し、書き下ろしを加えたKindle本です。数字では測りにくい豊かさを、所得・時間・関係・自由の視点から読み直します。
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