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大人の幸福を決めるのは、
子ども時代の成績ではない。

子どもの将来の幸福のために、親は何に力を注ぐべきか。学力か、行儀か、それとも心の安定か。この問いに、1970年生まれのイギリス人1万人以上を数十年追いかけた研究が、明快で、そして多くの人の直感とは逆の答えを出している。大人の生活満足度をもっとも強く予測する子ども時代の要素は、通知表に載らないものだった。

この記事で手に入るもの

大人の生活満足度を予測する子ども時代の3要素(情緒・素行・学業)を予測力の強い順に並べた意外な順位、大人の所得が幸福の分散に占める割合はわずか0.5%という衝撃、そして「学業は所得を、情緒は健康を、行動は人間関係を作る」という分業構造まで。通知表に載らない資産の経済学。

01 — 順位当てクイズ

まず、あなたの直感を試してほしい

子ども時代の3つの側面がある。学業成績(知的発達)、素行(行動)、そして情緒的健康(心の安定)。この3つを、大人になってからの生活満足度をどれだけ強く予測するかの順に並べてほしい。

多くの人は——とりわけ教育熱心な親や政策立案者は——学業を上位に置きたくなる。良い成績が良い大学につながり、良い仕事と高い収入をもたらし、それが幸福な人生を作る。この筋書きは強力で、社会のほとんどの仕組みがこの前提で設計されている。通知表も、受験も、塾も、学力という一点を測り、伸ばそうとする。

ところが、1970年に生まれたイギリス人1万人以上を数十年にわたって追跡した大規模研究は、この直感をきれいに裏返した。3要素の予測力の順位は、多くの政策立案者の想定とおそらく逆——研究者自身がそう書いている。正解を見ていこう。


02 — 意外な順位

情緒 > 素行 > 学業

ロンドン大学のレイヤードらは、英国コホート研究(British Cohort Study 1970)を用いて、子ども時代の各側面が大人の生活満足度をどれだけ予測するかを推定した。結果はこうだ。

# 大人の生活満足度を予測する「子ども時代の要因」の強さ
1位  情緒的健康(emotional health)   ← 最強の予測因子
2位  素行・行動(conduct)
3位  知的発達・学業(intellectual)    ← 最弱の予測因子

大人の生活満足度をもっとも強く予測する子ども時代の要因は、子どもの情緒的健康だった。次に素行が続き、知的発達=学業成績は3つのうちもっとも予測力が弱かった。子ども時代に心が安定していたかどうかが、数十年後の人生の満足度を、学力よりもはるかによく言い当てていた。

誤解しないでほしいのは、これは「勉強が無駄」という話ではない点だ(それは次章で分解する)。あくまで生活満足度という結果に対して、という限定つきの順位である。だがその限定を差し引いても、この結果は私たちが子どもの何を測り、何に投資しているかへの静かな問いになる。学校が毎年精密に測るのは3位の学力で、1位の情緒的健康はほとんど測られない。


03 — お金の小ささ

大人の所得は、幸福の分散のわずか0.5%しか説明しない

同じ研究には、もう一つ直感を裏切る数字がある。大人になってからの環境要因のうち、お金の効き目の小ささだ。

レイヤードらの推定では、家庭の所得が大人の生活満足度の分散に占める割合は、わずか0.5%にすぎない。一方で、精神的・身体的健康は、それよりはるかに大きく生活満足度を左右していた。「良い成績→高い収入→幸福」という筋書きの、最後の矢印(収入→幸福)自体が、思っていたよりずっと細かったのだ。

この2つの発見を重ねると、通説の筋書きが二重に崩れる。子ども時代の学業は大人の幸福をあまり予測せず(第2章)、しかもその学業が最もよく結びつく大人の所得は、幸福そのものをあまり動かさない(本章)。学力から幸福へ向かう経路は、入り口も出口も、私たちが思うより頼りない。SURPLUSがこれまで繰り返し見てきた「所得と幸福の弱い関係(イースタリン・パラドックス)」が、ライフコースの縦断データでも顔を出している。

整理。子どもの幸福な未来のために測り、投資すべき対象を、私たちは取り違えているのかもしれない。学力という測りやすい指標に資源を集中し、情緒的健康という測りにくい土台を後回しにしている。


04 — 分業構造

学業は所得を、情緒は健康を、行動は人間関係を作る

では学業は無意味なのか。そうではない。鍵は「どの子ども時代の力が、大人の何を作るか」という分業を見ることだ。

レイヤードらの分析は、3つの側面がそれぞれ違う大人の結果を予測することを示している。整理するとこうなる。

知的発達(学業)→ 所得・学歴・雇用学力はたしかに強力だ。ただしそれが最もよく予測するのは経済的な成功であって、生活満足度そのものではない
行動発達(素行)→ 向社会的な生き方・パートナーとの結びつき他者とうまくやり、安定した関係を築く力を予測する
情緒発達(心の安定)→ 精神的・身体的健康そして精神的健康は、生活満足度への最大の近接要因。だから情緒的健康が、巡り巡って幸福の最良の予測因子になる

つまり学業が幸福を予測しにくいのは、それが「役に立たない」からではなく、幸福とは別のもの(お金や地位)を作る力だからだ。そして幸福にもっとも近い経路——精神的健康——を子ども時代に準備するのは、学力ではなく情緒的健康だった。3つの力は競合しているのではなく、大人の人生の別々の部屋を建てている。問題は、私たちがそのうち「お金の部屋」を建てる力ばかりを測り、「幸福の部屋」を建てる力を放置しがちなことにある。

補足として、この研究では「どの学校に通ったか」も無視できない予測力を持っていた。小学校・中学校の違いが、子どもの発達を、他の多くの個人特性を合わせたのと同程度に予測したという。情緒的健康は生まれつきの気質だけで決まるのではなく、環境——親と学校——によって形作られる部分が大きい。


05 — 見えない資産

通知表に載らないものが、人生の土台を作る

この研究がSURPLUSのテーマと重なるのは、まさにここだ。もっとも価値ある子ども時代の資産が、もっとも測られていない。

学力には成績という価格がつく。偏差値、点数、順位——精密に測られ、比較され、投資判断の材料になる。だから社会は学力の生産に全力を注ぐ。一方、子どもの情緒的健康には、通知表の欄がない。安心して過ごせているか、感情を立て直す力があるか、人を信頼できるか——それらは数字にならず、だから投資の優先順位で後回しにされやすい。味の記事で見た「共食」、宗教の記事で見た「つながり」と同じ構図がここにもある。測れるものが過大評価され、測れない土台が見過ごされる。

そして情緒的健康は、家計簿の外で、日々の関わりのなかで蓄積される見えない資産だ。子どもが安心できる家庭の空気、感情を受け止めてもらえた経験、失敗しても立て直せた記憶——別のコホート研究では、「子ども時代の家庭生活が幸福だった」という記憶が、老年期の健康の良さやうつの少なさまで予測することが示されている。子ども時代に仕込まれた情緒的健康は、数十年の時間を超えて配当を払い続ける、人生でもっとも長期の資産の一つなのだ。

結論。大人の幸福を最も予測する子ども時代の要素は、成績ではなく情緒的健康だった。学力が作るのは主にお金と地位であり、そのお金は幸福をわずかしか動かさない。子どもに残せる最大の資産は、良い成績表ではなく、安定した心の土台のほうかもしれない。それは通知表には載らないが、人生の満足度という最終的な決算書には、はっきりと記帳される。

補足。これは学業を軽視してよいという主張でも、親の関わり方だけで子どもの情緒が決まるという主張でもない。情緒的健康には気質や遺伝、経済状況など多くの要因が絡む。また相関研究であり、単純な因果として読むべきではない。本記事は「幸福の予測因子として、測られにくい情緒的健康が学力より重い」という研究知見の紹介であって、個々の家庭を評価するものではない。


06 — 出典

参考文献

本記事の要約・引用元。数値は各文献の概算値に基づく。

01
Layard, R., Clark, A. E., Cornaglia, F., Powdthavee, N., & Vernoit, J. (2014)What Predicts a Successful Life? A Life-Course Model of Well-Being. The Economic Journal, 124(580). 英国コホート研究(1970)による分析。大人の生活満足度の最強の予測因子が子どもの情緒的健康、次いで素行、最弱が知的発達であること、家庭所得が生活満足度の分散の0.5%しか説明しないことの出典。
02
Clark, A. E., Flèche, S., Layard, R., Powdthavee, N., & Ward, G. (2018)The Origins of Happiness: The Science of Well-Being over the Life Course. Princeton University Press. 「知的発達→所得/学歴/雇用、行動発達→向社会性/パートナー、情緒発達→精神的・身体的健康」という分業構造、および学校の予測力の出典。
03
Flèche, S., Lekfuangfu, W. N., & Clark, A. E. ほか (CEP Discussion Paper No.1485, 2017)The relationship between childhood and adult happiness. どの学校に通ったかが子どもの発達を他の全特性と同程度に予測するという知見の出典。
04
Lee, H., & Schafer, M. H. (2019)Childhood Happiness, Self-Mastery, and Later-Life Health. National Social Life, Health and Aging Project (N=1,937)。子ども時代の家庭の幸福な記憶が老年期の自己評価健康・うつ症状を予測するという知見の出典。
SURPLUS BOOKS VOL.1

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