格差が広がっている、という体感は正しい。だが「今が一番ひどい」かと言われると、答えは変わる。日本のトップ1%所得シェアを120年さかのぼった研究によれば、今の水準は戦前の半分程度にすぎない。では、なぜ戦後だけ格差が縮んだのか——そこには、平時には決して起きない、ある共通の"荒療治"があった。
日本のトップ1%所得シェアの120年間の記録、平均値や年貢率という数字が体感とズレる理由、そして人類史を通じて格差が縮んだ局面に共通する4つの条件までを確認する。
「格差が広がっている」という感覚は、多くの人が共有している。だが、その感覚を「今の時代は歴史上もっとも不平等だ」という主張にまで広げてよいかは、また別の問題だ。この問いに答えるには、体感ではなく、100年単位の記録が要る。
格差の議論に入る前に、2つの「数字のクセ」を確認しておきたい。どちらも、平均や名目の数字が実態を覆い隠す例だ。
日本の平均年収が伸び悩んでいる背景には、高給の管理職層が退職し、非正規雇用や再就業した女性など相対的に賃金の低い層が労働力人口に加わる、という構成の変化が一定の影響を与えている。ただし、現役世代の男性正社員だけを取り出しても賃金の伸び悩みは確認されており、構成の変化だけで平均低下のすべてを説明できるわけではない。
江戸時代の重い年貢の象徴として語られる「五公五民」(収穫の5割を年貢として納める)という言葉も、名目と実質は別物だった。江戸中期の政治家・新井白石は当時の実効税率を「二割八分九厘」、つまり約28.9%と記録している。名目上の負担率と、実際に徴収されていた率には、これだけの開きがあった。
格差を語るときも、同じ罠がある。「体感」や「象徴的な数字」ではなく、実際に測定された系列を見る必要がある。
一橋大学の森口千晶氏とUCバークレーのエマニュエル・サエズ氏は、1886年から2005年までの所得税統計を復元し、日本のトップ1%所得シェアの長期系列を作成した(Moriguchi & Saez, 2008, Review of Economics and Statistics)。結果は明快だ——1885年も1939年も、トップ1%の所得シェアはほぼ同じ約20%。明治の産業化から昭和初期まで、54年間にわたって高水準の格差がほぼ変わらず続いていた。
その水準が劇的に崩れたのが1938〜1945年だ。戦時の資本所得の崩壊——株式・地代・配当という資産からの収入が、戦争によって物理的に失われたことが主因で、政策的な再分配というより、いわば強制的な"リセット"だった。この「大圧縮」を経て、戦後の高度成長期にはトップ1%シェアは約8%まで低下する。「一億総中流」という言葉が生まれた1970年代は、イメージだけでなく数字の上でも、歴史的に見て異例なほど平等な時代だった。
その後、1990年代以降じわじわと上昇し、2010年代には約10%まで戻っている。さらに直近では、一橋大学・財務総合政策研究所の試算により、上位0.01%(約1万人)の所得シェアが2012年の1.19%から2023年には2.28%へとほぼ倍増したことが分かっている。
「格差が拡大している」という体感は、方向としては正しい。だが今の水準は、戦前の"本当に格差が激しかった時代"の半分程度に戻っただけだ。
Moriguchi & Saez(2008)は、トップ層の所得構成が20世紀を通じて資本所得から給与所得へと大きくシフトしたことも明らかにしている。戦前のトップ1%の所得は、主に地主・資本家の地代や配当という資本所得によって支えられていた。
興味深いのは、直近の再上昇もまた、賃金ではなく資産からの収入が主因だという点だ。上位0.01%の所得シェアが2012年から2023年にかけてほぼ倍増した背景は、株式や不動産の値上がり益(キャピタルゲイン)だとされている。約90年の時を隔てて、格差の水準だけでなく、その中身までもが「資産が働いた分だけ格差が広がる」という同じ構造に戻りつつある。
歴史学者ウォルター・シャイデル(Walter Scheidel)は、著書『大平等』(The Great Leveler, 2017)で、人類史全体を見渡して「格差が実際に大きく縮んだ局面」を洗い出した。結論は身も蓋もない——平和で安定した時代に格差が自然に縮んだ例は一つもなく、縮小はすべて「四騎士」と呼ぶ4つの破局的な出来事によってのみ起きていた。大規模動員を伴う総力戦、体制転覆型の革命、国家そのものの崩壊、そして人口の25〜40%が死ぬような疫病だ。いずれも、労働人口が急減して労働の価値が相対的に上がるという共通のメカニズムで格差を圧縮する。
この「四騎士」のうち、日本の大圧縮(1938〜1945年)を引き起こしたのは総力戦そのものだった。そして同じパターンは日本だけではない。トマ・ピケティが欧米で復元したトップ10%所得シェアも、1910〜20年代の45〜50%から、二度の世界大戦と大恐慌を経た1950年代には35%未満まで落ち込み、2000〜2010年代には再び45〜50%へと回帰している。日本のトップ1%シェアが描く「戦前は高水準→戦争で急落→戦後じわじわ回帰」というU字カーブは、大西洋の反対側でも独立に観測されている同じ形だ。
20世紀半ばの平等な時代の方が、歴史的には特殊な"異常値"だった。平時の社会は、放っておけば格差が広がっていくのが、いわば通常運転だ。
格差は今、確かに広がっている。だがそれは「人類史上最悪の格差社会」に突入しつつあるという話ではなく、二度の世界大戦と大恐慌という異例の破局によって強制的に圧縮されていた水準から、平時の"通常運転"へと戻りつつある過程だと見る方が、120年の記録には合っている。日本の場合、その戻り先はまだ戦前の半分程度だ。
この見立ては、格差を放置してよいという結論にはならない。むしろ「平時に格差を縮めた歴史的な前例はほとんどない」という事実は、そのための制度設計が、暴力や破局に頼らずに済む数少ない自覚的な試みだということを意味している。
格差が縮んだ時代は、平和だったからではなく、破局があったから縮んだ。その前提を踏まえたうえで、初めて今の格差をどう評価するかという議論が始まる。
本記事の要約・引用元。所得税統計に基づく経済史研究・比較経済史・歴史人口学の知見を組み合わせている。
連載の主要記事を1冊に再構成し、書き下ろしを加えたKindle本です。数字では測りにくい豊かさを、所得・時間・関係・自由の視点から読み直します。
Amazonのアソシエイトとして、meclGGは適格販売により収入を得ています。