酒、カフェイン、ニコチン、砂糖、塩、水。依存性や習慣性のある物質と幸福の関係を調べた6本の独立した研究を並べてみると、1つの共通構造が見えてくる。ある物質は「瞬間の気分」だけを上げて長期の満足度には何も残さず、別の物質は摂れば摂るほど不幸に近づき、また別の物質は「量」ではなく「普段からの変化」だけが気分を動かす。GDPも消費統計も、これらの物質の消費量までしか数えない。幸福との関係は、量の外側にある。
6つの依存性・習慣性物質——アルコール・カフェイン・ニコチン・砂糖・塩・水——それぞれについて独立した研究1本ずつを並べ、「瞬間の快」と「長期の満足度」がどこで一致し、どこで分かれるかを整理する。Mappinessアプリの300万件超の経験サンプリングデータから、Whitehall II研究の22年追跡データまで、測定のスケールが異なる研究を横断する。
アルコールの消費量、カフェインの摂取量、喫煙率、砂糖の消費量——これらはすべて、国の統計に載る「量」だ。だが、その量が実際に人々の幸福にどう結びついているかは、統計のどこにも書かれていない。
依存性・習慣性のある物質は、脳の報酬系に直接働きかけるという共通点を持つ。だからこそ「摂れば幸福になる」という単純な直感が生まれやすい。だが実際に研究を1つずつ確認していくと、その直感が成立する物質と、まったく逆方向に働く物質があることが分かる。ここでは6つの物質について、それぞれ別々の研究チームが出した結果を並べてみる。
最初の2つ、アルコールとカフェインには、驚くほど似た構造がある。短時間の気分は確かに上がるのに、それが数年単位の生活満足度にはほとんど積み上がらないという構造だ。
Geiger & MacKerron(2016)は、スマートフォンアプリ「Mappiness」を使い、iPhoneユーザー3万人超・300万件超の経験サンプリングデータを分析した。ランダムなタイミングで「今どれだけ幸せか」を尋ねると、飲酒中の瞬間的な幸福度は、他の条件をそろえてもなお0〜100点満点で3〜4点高かった。ただしこの効果が飲酒後の別の時間帯に波及する量は、0.5点未満とごくわずかだった。
Maccagnan, Taylor & White(2020)は、イングランド・ウェールズ犯罪調査のデータを使い、飲酒頻度と生活満足度の関係を分析した。週1〜2日程度の適度な飲酒は、禁酒者や高頻度の飲酒者より生活満足度が高い傾向が見られた一方、問題飲酒(drinking problems)の新規発生は生活満足度を0〜10点満点で0.18点下げるという、はっきりしたマイナスの関連が確認された。瞬間の高揚は残らないが、飲み方が崩れたときのマイナスだけは長期に残る、という非対称な構図だ。
Qureshi, Stampfer, Kubzansky & Trudel-Fitzgerald(2022)は、Nurses' Health Studyの女性看護師4.4万人(幸福度・10年追跡)と3.7万人(楽観性・10年追跡)のデータを使い、コーヒー摂取量と心理的well-beingの関係を調べた。1日4杯以上の多量摂取者は、持続的な幸福感を維持できる可能性がむしろ3%低かった(相対リスク0.97)。適量(1〜3杯)の摂取者では、楽観性を維持できる可能性がわずかに高かった(相対リスク1.03)だけで、全体としては「20年という時間軸では、ほぼ無関係か、あっても弱い関連」という結論だった。
短期の実験と長期の追跡は、別の答えを出す。アルコールもカフェインも、目の前の数時間の気分は確かに動かす。だが、それを幸福の「投資」として何年も積み上げられるかというと、答えはほぼ「ノー」に近い。
次の3つは、アルコールやカフェインとは逆方向の構造を持つ。摂取量や依存度が上がるほど、幸福や心の健康からむしろ遠ざかっていく。
Stickley, Koyanagi, Roberts, Leinsalu, Goryakin & McKee(2015)は、旧ソ連9カ国(アルメニア・アゼルバイジャン・ベラルーシ・ジョージア・カザフスタン・キルギス・モルドバ・ロシア・ウクライナ)、18歳以上約1.8万人を対象とした横断調査を分析した。非喫煙者・元喫煙者は現喫煙者より有意に幸福度が高く、さらに現喫煙者の中でもニコチン依存度が高い人ほど有意に幸福度が低かった。「喫煙はストレス解消になり幸福を支える」という一般的な自己申告とは逆の結果だった。
Knüppel, Shipley, Llewellyn & Brunner(2017)は、英国公務員を対象とするWhitehall II研究のデータ(反復観測23,245件・約22年追跡)を使い、甘い食品・飲料からの糖分摂取と心の健康の関係を調べた。男性では、糖分摂取が最も多い群は最も少ない群より、5年後の気分障害(CMD)の新規発症リスクが23%高かった(オッズ比1.23)。この研究の価値は、「うつだから甘い物を欲しくなる」という逆方向の因果を統計的に検証し、その逆因果を支持するデータが見つからなかった点にある。糖分摂取が先に来て、気分の悪化が後から来るという順序が示された。
Ferraris, Scarlett, Bucher & Beckett(2023)は、オーストラリアの成人424人を対象に、塩味の強い食品への「好み」と抑うつ・不安・ストレスのスコア(DASS-21)の関係を調べた。重度のうつ症状がある群は、正常な群より塩味の好みスコアが13.8%高く(68.3点 対 60.0点)、重度の不安がある群でも14%高かった(68.4点 対 60.0点)。横断研究のため因果の向きは確認できないが、動物実験ではナトリウム欠乏状態そのものが不快な感情状態を引き起こし、それを解消しようとする行動が過剰摂取を招くという神経科学的な機序も示唆されている。
最後の1つ、水は他の5つとは違う軸を持っている。水は依存性物質ではないが、摂取量と気分の関係を調べた研究があり、そこに現れる構造がここまでの5つと対照的で興味深い。
Pross, Demazières, Girard, Barnouin, Metzger, Klein, Perrier & Guelinckx(2014)は、健常な若年成人52人(普段の飲水量が少ない群30人・多い群22人)を対象に、飲水量を実験的に変化させる介入研究を行った。普段あまり水を飲まない群の飲水量を1L/日から2.5L/日に増やすと、疲労感・混乱が有意に減少した。逆に普段多く飲む群の飲水量を2.5L/日から1L/日に減らすと、落ち着き・満足感・ポジティブ感情が有意に低下した。
効いているのは、絶対量ではなく「普段の基準からのズレ」だ。「1日2.5L飲むと幸せになる」という単純な話ではない。普段2.5L飲んでいる人が1Lに減らされると不機嫌になり、普段1Lの人が2.5Lに増やされると調子が良くなる——同じ2.5Lという数字が、基準点によって真逆の効果を持つ。
6つの物質を並べて見えてくるのは、依存性物質と幸福の関係が一様ではなく、少なくとも3つの異なる構造に分かれるということだ。アルコールとカフェインは「瞬間は買えるが、長期には積み上がらない」。ニコチン・砂糖・塩は「量が増えるほど、むしろ不幸に近づく」。そして水は「絶対量ではなく、普段の基準からの変化量が効く」。
この「瞬間の幸福」と「長期の満足度」が一致しないという構造は、SURPLUSがこれまで扱ってきた経験する自己と記憶する自己(49_twoselves)の話と同じ骨格を持っている。人は「今どれだけ気分がいいか」と「振り返って人生にどれだけ満足しているか」を、別の物差しで測っている。依存性物質の多くは前者だけを一時的に押し上げ、後者にはほとんど、あるいはマイナスの跡しか残さない。
「その物質は幸福にいいか」という問いは、実は問いとして不完全だ。正しくは「瞬間の幸福か、長期の満足度か、どちらの物差しで聞いているか」を先に決めなければならない。同じアルコールでも、答えが真逆になるのはそのためだ。
本記事の要約・引用元。物質ごとに独立した研究1本ずつを対応させている。
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