Sonnet 5で100万トークンのコンテキストが追加料金なしで使えるようになった。「リポジトリ丸ごと入れれば検索不要では?」——その直感が財布に対して正しいのか、公式の料金表だけを材料に損益分岐を計算した。結論、答えは「キャッシュの効き方」で3倍以上変わる。
80万トークンのコードベースを常駐させたときのターンあたり実費(キャッシュなし・5分キャッシュ・1時間キャッシュの3パターン)、検索型ワークフローとの損益分岐条件、そして見落としがちな新トークナイザの+30%問題とeffort設定のthinkingコスト。全部再計算できる式付き。
まず公式の料金体系を正確に押さえる。ここを曖昧にすると、後の計算が全部ズレる。
Sonnet 5は6月30日リリース。8月31日までは入力$2/出力$10(per MTok)の導入価格が適用されていたが、2026年9月1日から入力$3/出力$15の標準価格に切り替わっている。以下の試算はこの標準価格ベースで再計算したもの(導入価格時代との比較は02節の注記を参照)。そして重要なのが、1Mトークンのコンテキストウィンドウに長文プレミアムが存在しないこと。90万トークンのリクエストも9千トークンのリクエストも、1トークンあたりの単価は同じだ。
「じゃあ全部突っ込み放題では」となる前に、罠を2つ。
Sonnet 5はOpus 4.7系で導入された新トークナイザを使う。公式の注記によれば同じテキストで約30%(1.0〜1.35倍)トークン数が増える。Sonnet 4.6で60万トークンだったリポジトリは、Sonnet 5では最大81万トークン相当になる。単価が同じでも、請求されるトークン数が違う。
Sonnet 5はlow〜xhighのeffort設定を持ち、高effortほど思考トークンを大量に生成する。思考は出力扱い($10/MTok)なので、xhighで回すと1タスクあたりのコストがOpus 4.8($5/$25)を上回るケースが独立検証で報告されている。「単価が安い=タスクが安い」ではない。
シナリオ: 中規模リポジトリ(80万トークン相当)を丸ごとコンテキストに置き、10ターンの作業セッションを行う。入力コストだけを比較する(出力は3パターン共通なので除外)。
# 前提: 標準価格 入力$3/MTok、コンテキスト0.8MTok、10ターン
# A. キャッシュなし(毎ターン全文を再送信)
0.8 × $3 = $2.40/ターン → 10ターンで $24.00
# B. 5分キャッシュ(書込1.25x、読取0.1x)
初回書込: 0.8 × $3 × 1.25 = $3.00
以降読取: 0.8 × $3 × 0.1 = $0.24/ターン
$3.00 + $0.24 × 9 = $5.16(Aの約1/4.7)
# C. 1時間キャッシュ(書込2x、読取0.1x)
$4.80 + $0.24 × 9 = $6.96(休憩を挟む長丁場ならこちら)
差は歴然だ。1Mコンテキスト戦略の成否は、モデルの賢さ以前にキャッシュ設計で決まる。毎ターン素朴に全文を送り直すと、同じ作業が4.7倍高くつく。逆に言えば、キャッシュTTL内(5分/1時間)で連続して作業する限り、2ターン目以降の巨大コンテキストは1ターンあたり$0.24——コーヒー1口分で80万トークンの「全知」状態を維持できる。
倍率は変わらない。この記事は当初、8月31日までの導入価格($2/$10)で試算していた。標準価格($3/$15)は単価が1.5倍になっただけなので、A/B/Cの絶対額はすべて1.5倍(旧: $16.00/$3.44/$4.64)になったが、A対Bの比率(約4.7倍)自体は変わっていない。単価がいくらでも「キャッシュ設計で差が出る」という結論は動かない。ただしプロンプトキャッシュの実測ヒット率は理論値よりかなり低いという報告もあり、上の数字は「キャッシュが理論通りに効いた場合」の理想値である点は差し引いて読んでほしい。
比較対象は「全部突っ込む」の対極、エージェントに必要なファイルだけ読ませる検索型(Claude Codeの通常の動き方)だ。
# D. 検索型: 毎ターン必要な5万トークンだけ読む想定
0.05 × $3 = $0.15/ターン → 10ターンで $1.50
# 入力コスト比較(10ターン・標準価格)
検索型D: $ 1.50
全文+キャッシュB: $ 5.16 # 3.4倍
全文キャッシュ無A: $24.00 # 16倍
純粋な入力コストでは検索型が常に勝つ。ならば1Mコンテキストは無駄かというと、そうではない。検索型には見えないコストがあるからだ。何度も往復するツール呼び出しのオーバーヘッド、探索に失敗して見当違いのファイルを読む手戻り、そして「関係する箇所を読み損ねたまま出した誤答」のやり直しコスト(会話を始める前から数万トークンを食っているハーネスの固定費も、この「見えないコスト」の一部だ)。横断的な依存を追う仕事——大規模リファクタ、影響範囲調査、循環依存の解消——では、この見えないコストが$3.66の差額を簡単に超える。
つまり損益分岐は金額ではなくタスクの性質で決まる。局所的な修正なら検索型、全体を見ないと解けない問題なら全文+キャッシュ。中間の「たぶん3〜4ファイルで済む」タスクを全文方式でやるのが、一番割に合わない。
1M運用と相性が悪い操作がひとつある。会話の途中でのモデル切り替えだ。
Claude Codeの最近の更新で、/model を会話の途中で実行すると警告が出るようになった。理由は単純で、モデルを切り替えると次の応答が履歴全体をキャッシュなしで読み直すから。80万トークンの履歴を抱えた状態で切り替えれば、それだけで約$2.40(標準価格)が一発で乗る。「Sonnet 5で下調べして、難所だけOpusに切り替える」という賢そうな運用は、巨大コンテキストではキャッシュ再構築費という入場料を毎回払うことになる。切り替えるならセッションの区切り目でが原則だ。コンテキストが「有限のアテンション予算」であるというAnthropic公式の設計原則に照らせば、これは金額の話であると同時に、モデルに何を読み直させるかという予算配分の話でもある。
なお、トークナイザ問題(罠1)もここに効いてくる。Sonnet 4.6時代の感覚で「うちのリポジトリは60万だから余裕」と思っていると、Sonnet 5では実測80万超えでキャッシュ書込コストも3割増しになる。移行時は一度 /usage や実際の請求で実測値を確認したい。
計算結果を運用ルールに落とすと、こうなる。
まとめ。1Mコンテキストは「検索を不要にする機能」ではなく、キャッシュ前提で使う横断タスク専用の道具だ。4条件が揃えばターン$0.24で全知状態が買える。揃わなければ、いつも通りエージェントに探させるほうが安くて速い。
出典: Anthropic公式の料金ページ(1Mコンテキストの標準単価適用・キャッシュ倍率5分1.25x/1h2x/読取0.1x。2026年9月1日時点の標準価格$3/$15を基準に試算、8月31日までの導入価格$2/$10からの移行済み)、Sonnet 5発表(新トークナイザ約30%増の注記)、Claude Codeリリースノート(/model途中切替の警告)に基づく。金額は入力コストの試算であり、出力・thinkingトークンは含まない。